幻創文芸文庫 (β)

小説好きの創作小説を無料配信*スマホ対応

SF・ファンタジー・ホラー

にゃんと素敵な東雲市役所猫支店 フクちゃんの秘密編

   

私、篠原みづきは売れない作家。
ある日、飼い猫のフクちゃんを追いかけてベランダに向かうと、世界が暗転。気づいたら猫が人の姿をした東雲市役所猫支店にいた。
東雲市役所猫支店で、なんとフクちゃんは黒い猫耳とふさふさの尻尾を持つ妙齢の女性!しかも課長!
私はどうやったら帰れるの? 書きかけの原稿はどうなるの?
篠原みづきと飼い猫フクちゃんがお送りする異世界ハートフルコメディ。

 

 私、篠原みづきは作家である。一応。でも、とてもではないけれど印税では食べていけないし、未だに実家住まい。小学生の時あてがわれた一階の隅の部屋で暮らしている。同級生が駆け込み婚をしているのを尻目に、彼氏もなく、今日も一人部屋にこもって黙々と原稿を書く……のだけど。
「駄目だぁ……」
 三時間かけて書いた二十枚の原稿は、どうやっても編集部のお眼鏡に適いそうもない。範囲指定して、クリック一回。データ原稿用紙は、ざっと一瞬で消えてなかったことになった。
 作家とは虚しさが一番の友人である。とはいっても、堪えるものは堪える。
 やっと貰えた仕事は、明日のお昼が締め切りなのだけど、あるシーンを境に一向に進まない。苦手なシーンではないのだけれど、どうにも筆が乗らなかった。
 パソコン用眼鏡を外すと、ぐうっと伸びをした。凝り固まった筋肉が攣りそうになって、慌てて手を下ろす。
 にゃーんと細っこい鳴き声とドアをかりかり引っ掻く音で、飼い猫・フクちゃんにお昼の餌やりを頼まれていたのを思い出した。
「ごめんねー、フクちゃん」
 ドアから顔を出した私に、真っ黒いメス猫のフクちゃんはふいっと顔を背けるとお皿の前にお行儀良く座った。ちゃんと揃えた二本の足は長毛種にしてはすらりと長くて小さな顔と相まってかなりの美人だ。
「フクちゃんは、缶詰派なんだよねー。にゃんこにしては珍しいよね」
 しらす入り白身魚ソテーをぱっかんとお皿に開けると、フクちゃんはお上品かつ大胆に食べ始めた。彼女は撫でられるのを嫌うので私は、食事を見守る役である。俯いた彼女の首にはまる、赤い首輪の端が取れて緩んでいた。食べ終わったら直してあげないと。
「美味しい?」
 無視をされてもフクちゃんは可愛い。
 何が可愛いって全然媚びないところだ。彼女は媚びなくても篠原家全員の愛情を一身に受けている。
 フクちゃんは、私が高校一年の時に拾ってきた雑種である。ふっさふさの長毛種で目が切れ長の金色。運動は滅多にしない。昔はふくふくしていたのでフク。
 週に一度母・フミ子が専用のブラシで毛繕いをしてあげている。高級な西洋人形のような佇まいは、母の愛情でもって維持されていた。雑種なのに。
 かれこれ十二年の付き合いになるが、彼女が騒ぎ立てるところは一度も見たことがない。友達の家の猫は暴れ回って家中ぼろぼろだというのに、フクちゃんはソファに上に優雅に座り、静かに目を細めている。時々どこかにいなくなるけど、必ず家の中にいる。なんたって彼女は家猫だ。
「フクちゃーん、お姉ちゃんお仕事行き詰まってるんだよ」
 フクちゃんの良いところは何を言っても聞き流してくれるところだ。
「お仕事ね、せっかく貰ったんだけど、どーしても書けないんだよ。なんでかなあ」
 さあねぇ、あたしのことじゃないしと言うように、食事を終えたフクちゃんは前脚で口の周りを綺麗にしている。
「だよねえ。フクちゃんは関係ないもんねぇ」
 抱き上げて緩んだ首輪を直しているとき、事件は起こった。
「にゃんこはいいよなあ。何しても可愛いって言われるんだから」
 その言葉に怒ったかのようにするりと彼女は逃げ出した。首輪は直し終わったけど、ちょっときついはずだ。
「フクちゃん!」
 一気に階段を駆け上がると、湿気取りのために開け放しておいたベランダに脱出した。慌てて追いかける。
「フクちゃん!」
 ベランダに足を踏み入れた途端、ぐわんと世界がひっくり返って目を瞑った。

 

-SF・ファンタジー・ホラー


コメントを残す

おすすめ作品

アストラジルド~亡国を継ぐ者~アグランド編 第34話「それでも――――」

   2017/11/20

探偵の眼・御影解宗の推理 【嘆きの双子】15

   2017/11/20

ロボット育児日記39

   2017/11/17

忠実な部下たち

   2017/11/17

モモヨ文具店 開店中<36> ~帰り行く者~

   2017/11/16