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幻影草双紙55〜黒電話〜

   

 旧電電公社が出していた600型電話機は、通称黒電話と呼ばれていました。

 

 電話のベルが鳴った。
 脇の机に置いてある、黒電話のベルである。
 立花純一は、じっと、黒電話を見つめた。
 そして、受話器を取る。
「もしもし……」
「健之助様ね?」
 若い女の声であった。
「いえ、違いますが……」
「あら、そう。そうね……、違うわよね……」
 立花純一は、受話器を耳に当てたまま、女が、先を続けるのを、待った。
「健之助様が出るはずはないのに、電話してしまった……。ごめんなさいね」
「いえ、かまいませんよ」
 電話が切れた。
 立花純一は、受話器を置いて、黒電話を見つめた。
 骨董市で買った、古い黒電話である。
 もちろん、電話線に繋がっていない。
 黒電話を見つめていると、また、ベルが鳴った。
 受話器を取る。
「もしもし……」
「先ほどは、失礼いたしました」
「かまいません」
「お名前を聞いて、よろしいかしら?」
「立花純一と申します」
「純一様ね……。純一様、また、お電話差し上げて、よろしいかしら?」
「僕は、かまいません」
「うれしいわ」
 それで、電話が切れた。

 また黒電話のベルが鳴ったのは、1時間後であった。
「もし、もし」
「純一様、お仕事は、何をなさっているのかしら」
「イラストレーターです」
「イラストレーター? イラストレーションは絵だから、絵を描いておられる。画家でいらっしゃるのね?」
「まあ、そんなもんです」
「芸術家、うらやましいわ。あたくしなんか、お母様に、お茶、お花、ピアノ、それに絵も習わされたのですけれども、どれも駄目でした。芸術のセンスがないのよ」
「絵を勉強なさったのですか?」
「はい。印象派。ふふ、絵の先生は、ルノワールの崇拝者でしてね」
 立花純一は、電話の声が話す、絵のレッスンの話に聞き入った。
「あら、長々とお話をしてしまったわ。御免なさいね」
 電話が切れた。
 立花純一は、相手の名前を聞くのを忘れたことに、気が付いた。
 黒電話を見て、考え続けた。

 

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