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幻影草双紙57〜お礼〜

   

 なにかをしてもらったら、お礼を正しく言いましょう。
 社会人としてのルールです。

 

 加藤良太は、つけられている、と思った。
 後ろから、足音がするのだ。
 駅を出て、同じ方向へ帰る人々は、何人か、いた。
 だが、次第に別々な方向へ分かれてしまい、加藤良太の方向へ歩いているのは、彼と、後ろの足音だけである。
 一定の距離を置いて、後から足音の人物が付いてくる。
 加藤良太は、恐くなった。
 この2、3日、駅近くで、見張られているような感じがしていたのである。
 痩せて背の高い、陰気な感じの男が、こちらを見ているのだ。
 男を見ると、眼をそらせるのである。
 加藤良太は、夜道を歩きながら、考えた。
 やはり、あの事件だ……。
 どうしよう……。
 加藤良太がよく見るハリウッドのアクション映画のDVDでは、次のような展開になる。
 主人公は、つけられていることに気が付く――。
 一瞬、眼が光るが、歩調は変えない――。
 背広に手を入れて、オートマチックを取り出す――。
 ここで撃つと、他人に気が付かれるな、と思う――。
 ポケットから、消音器も取り出す――。
 歩きながら、銃口に消音器を付ける――。
 角を曲がり――。
 後をつけていた悪人は、主人公が角を曲がったのを、見届ける――。
 悪人は、角を曲がる――。
 だが、その先には、誰もいない――。
 悪人は、はっとする――。
 後ろから、「おい」と、声がする――。
 いつのまにか、主人公は、悪人の後ろに回っていたのである――。
 主人公のオートマチックが、鈍い音を出す――。
 主人公は、倒れた悪人を見ることもせず、恰好よく歩き出す――。
 加藤良太は、アクション映画の主人公ではない。
 単なる、独身のサラリーマンである。
 国際的陰謀などとは、無関係な存在なのだ。
 だが、事件には関係していた。
 それも、殺人事件。
 後ろの足音が、消えて行った。
 道を曲がったようだ。
 なんだ、何でもなかったんだ……。
 加藤良太は、足を速めた。
 角を曲がる。
 そこには、痩せて背の高い、陰気な感じの男が立っていた。
 背広に手を入れている。
 男が、低い声で言った。
「おい」

 

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