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ラブストーリー

幸子 第一回 思いがけない再会

   

私、関口誠一は都内の病院で院長を務めている。
今年も幸子からリンゴが届いた。
同封の手紙には初孫が生まれたことなど、うれしい知らせのほかには、腰を痛めたと健康面での不安なことも書いてあった。
実は幸子と私は、若い頃に訳あって別れた恋人同士だったが、10年程前に、思いがけない偶然から20年ぶりに再会した。
互いに今は幸せであることと、来し方を振り返るのであった。

 

第一章 平成23年晩秋

文京区の中で下町の色彩が残る根津駅に程近く、周囲には木々が多い静かな環境に私が勤務する病院はある。

昭和30年代、東京とはいっても農村の香りが多く残っていた江戸川区の東の端で私は育ったため、周囲に緑の多いこの地が気に入っている。

この病院は大きな欅の他、どんぐりなど、いろいろな木々に囲まれ、その木々を通る香りのよい風とともに穏やかな秋の日差しが院長室に差し込んでくる。

夏の厳しい暑さに耐えた多くの葉が色づく、この季節が私は好きだ。

そろそろ午後3時になる頃、私はお気に入りの坂本冬美の曲を聞いていると、
「いいですね、この曲。」
と事務長が院長室に入って来た。

「岡田さんもお気に入りですか?
 昼間、こうして〝また君に恋してる〟を聞いていると、なぜか気持ちがリラックスするんですよ。
 勿論、夜のスナックでは〝夜桜お七〟ですがね。ははは。」

「おくつろぎのところすみません。
 院長、病院の耐震工事の件ですが。」

私は都内のある総合病院の院長を務めている。大震災の後、各地で建物の耐震性について問題があるとの記事が新聞を賑わしているが、この病院も同じだ。

新館は問題ないが、本館は築後40年を経ているため、補強が必要で、現在、第二期工事が進んでいる。来春には最終の第三期工事を予定している。

今日、事務長の岡田さんからその説明を受けるのだ。

「院長、工事の見積もりが出ました。
 予定額を百万円ほどオーバーしているのですが、患者さんが安心して通院、入院できるためにはやむを得ないものと考えます。」

「そうですね。この件は今晩にでも私の方からも理事長にお話しておきましょう。岡田さん、よろしくお願いします。」

「院長からそう言っていただけると大変助かります。」

「いや、岡田さんの考えの通り、患者さんが安心して通院、入院できる病院でなくてはいけません。」

そこに、事務室の町田主任が入ってきた。
「院長先生、今年も来ましたよ。ほら。澤田リンゴ園からのリンゴと手紙ですよ。」

町田さんが嬉しそうに手紙を私に手渡してくれた。

「先生、リンゴ、如何ですか?」
「じゃあ、1つ剥いて下さい。みなさんも食べて下さいよ。」

〝もう食べてますよ!〟と言った顔がいくつか院長室を覗き込んでいる。みんな、この季節になると楽しみにしているのだ。

その手紙は青森の澤田リンゴ園からのものだ。正確に言えば澤田幸子からの手紙である。

「関口誠一様
 ご無沙汰しております。今年は大震災などいろいろなことがありましたが、リンゴは地面にしっかり根を下ろしていますので、震災にも負けない立派な果実をつけてくれました。

 弘前の自然の恵みが詰まった例年に負けない出来だと思います。
 少しばかりですが、ご送付申し上げます。皆様で召し上がって下さい。

 毎年、受粉作業を始める前に、亡くなった主人は

  〝リンゴの恵みで育まれた、この命、リンゴ作りに捧げます。〟

 と祈ってから行っていました。
 今は、私がその役割を担っています。そのおかげで、今年も収穫に恵まれました。

 また、今年はこの他に嬉しいことが二つありました。
 一つは息子に男の子が産まれ、おばあちゃんになったこと、二つ目は娘の縁談がまとまったことです。

 それから、誠一さん、院長になられたんですね。
 おめでとうございます。あなたの目指す〝心も癒す医療〟、頑張って下さいね。

 最後に私のことですが、この夏、働き過ぎたのかも知れません。
 少し痩せて、昔のジーパンが穿けるようになりました。
 でも、張り切りすぎてちょっと腰を痛めてしまいました。
 もう若くはないですね。

 これから寒くなりますので、お体に気を付けて下さい。

澤田幸子

 追:母校も創立110年を迎えるそうですね。
   もうすっかり昔になってしまいましたね。」

幸子、君も元気か。大地にしっかり根を下ろしているのはリンゴだけじゃないね。君も弘前の地に根を下ろしているよ。
もうすっかり昔になってしまったね。もうあれから40年も経ったんだね。

外では木々もすっかり色づき、冬支度を急いでいる。

「院長先生、千葉のおばあちゃんが、どうしても先生に診てもらいたいといっていますが?」

そら来た。これが私の望んでいる現場での医療だ。

「はい、いいよ。今行くから診察室に通しておいて。」

幸子、無理しちゃだめだよ。

 

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