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SF・ファンタジー・ホラー

にゃんと素敵な東雲市役所猫支店 篠原みづきの奔走 前編

   

 私・篠原みづきはまたしてもフクちゃんたちの世界に紛れ込んでしまう。
 フクちゃんたちの世界では、市役所職員が呼びかけた地域猫排除法案反対のストライキと、同じく紛れ込んでしまった認知症の徘徊老人・ヤナセさんの応対でてんてこ舞い。
 私はヤナセさんの傍についていてくれるようフクちゃんに言われたのだけれど……
 異世界ハートフルコメディ『にゃんと素敵な東雲市役所猫支店』第2弾前編。

 


 
「篠原さん、あのさ」
「はい」
 紐綴じされた原稿を読み切ると、担当編集者の林さんは、眼鏡の奥から私の目を見てはっきりきっぱり斟酌することなく、
「没」
 と言い放った。
「ぎゃー」
 わざとらしく叫んで、編集部会議室のソファに寝転がって足をばたつかせる。
 今日も今日とて私・篠原みづきは、やっとこさ出来上がった新作連載原稿のプロットと一緒に、懲りずに『にゃんと素敵な』シリーズを担当編集者の林さんに押しつけ、読んでください! と頭を下げたのだ。
「また君は、そうやって子どもっぽいことをする。東京ば奈なあるけど食う?」
「食います。朝からなんも食ってなくて」
 現金なのでむくりと起き上がる。
 林さんは編集部のお菓子コーナーから東京名物東京ば奈なとコーヒーを持って来てくれた。編集部のバイト時代から、私は東京ば奈ながなにより好きなのだ。
「篠原さんは、目の前のことに一直線だもんなあ。ほら、新作のキャラメル」
「あざーす」
 原稿をぱらりぱらりとめくりながら、林さんはううむと唸った。
「『にゃんと素敵な』は、設定からして古いよ。地味だし、ありきたりだし。萌え系だって今やらないでしょ、こんなの。昔、少女小説で流行ったような感じだなあ」
 もぐもぐと食べながら林さん。私は、ずずっとコーヒーを啜る。
「そーっすかねえ。いけると思うんですけど」
 だ・か・ら! とスタッカートをつけた林さんは、勢いよく叫んだ。
「売れないんだよ! 真山菜々美! 俺がどんだけ目ぇかけてやってると思ってんだ!」
 筆名で呼ばれて、ぐえっと唸った。真山菜々美。私が、最初にこの編集部でお世話になったときから使っている筆名だった。
「酷い。酷いよ林さん。こういうときに限って菜々美の名前を使うなんて」
 よよよと泣き崩れてみたけど、まあ、七年も一緒にやってる林さんには通じない。大学のバイト時代からカウントするとこの人とも十年以上の付き合いだ。
「はいはい泣き真似はやめて、プロット仕上げてきたんでしょ」
「ちぇー。つまんなーい。じゃあやりますか」
 もう一つの茶封筒から四枚のA4用紙を取り出すと、テーブルに広げた。
「ここのシーンなんですけど。いくつか問題があって……」
 林さんは姿勢を正し、編集者モードに切り替わった。こうなってくると時間は関係なくなる。連載作品でやりたいことを伝え、あれやこれやと打開策を共に練る。
 一番楽しいのは、林さんの見事な切り返しから繋がるようにして出てくるアイデアだった。
 私はこれを芋づる時間と呼んでいる。
 林さんのちょっとした意見で、芋づる式のように次から次と話が出来上がっていくのだ。
 メモを取りながら、細かい部分を決めていく。
 気づくと三時間経っていて、編集部は日の光からLED電球に切り替わっていた。
「じゃあ、これでいこう。仕上がったらメールで送って。というかさ、わざわざ編集部に来なくてもいいよ? ネットあるんだから。今、ほとんどネットでやりとりだよ」
「やー、私、ちゃんと人と会わないと、駄目っぽいんで」
「篠原さんも好きだよねえ」
 というのは半分本当。半分は息抜きだ。作家業はどうしても一人の時間が多くなる。うちの家族は揃ってご飯を食べるようにしているけど、それでも仕事の時は基本、一人だ。
 実は私、一人が苦手だったりする。昼間はまだいいのだけれど、夜になるともう、DVDかけたり、音楽かけないとやってられない。
 昨晩、ついに孤独パラメーターが振り切れてしまい、こうやって編集部まで足を運んだというわけだ。
「じゃ、失礼しました~」
 頭を下げて、編集部を出る。
 ファストフードでお腹を満たし、やれやれと電車に乗ると、運良く座席が空いている。座るとすぐさま寝落ちした。

 

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