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幻影草双紙58〜黒電話2〜

   

 打ち明ける、
 小さい勇気が、
 欲しかった。

 

 社長の江戸川一夫は、社長室で、秘書と打ち合わせをしていた。
「午後に、1時間、取れないかな。専務と、決算の打ち合わせをしたい。早めに打ち合わせした方がよさそうなんだ」
「3時からにしますか? 工場長の面談を、後にずらして……」
「そうしよう。工場長に、連絡頼むよ」
 そこに、江戸川伸太郎が入ってきた。
 江戸川一夫の父親であり、江戸川工業の創業者であり、現在は会長である。
「おい」
「あ、会長、何ですか」
「お前、黒電話、置いたか?」
「黒電話?」
「部屋にある」
「お父さんが、忘れたんじゃないですか?」
「会社では、会長と言え」
「社用なら会長。骨董関係は趣味で、私用だから、お父さん」
「ううん……」
「いつか買ったのを、忘れたんじゃないですか。まさか、ボケが始まったんじゃないでしょうね」
「そうか……、なあ……」
 江戸川伸太郎は、部屋を出て行った。
 江戸川一夫は、秘書に言った。
「あれが親父の手。ボケたふりして、新しく買ったガラクタを、認めさせるんだ」
「会長がボケているなんて、誰も信用しませんよ」

 江戸川工業は、電子部品を製作している会社である。
 社員数80名の、中堅企業であった。
 江戸川伸太郎が、従兄弟と始めた会社である。
 さまざまな苦労があったが、現在では、中堅企業にまで、規模を拡大することが出来たのだ。
 江戸川伸太郎は、息子に社長の席を譲り、会長へと退いた。
 しかし、実印は離さない。
 息子にすべてを任したら、会社がつぶれるかもしれないではないか。
 江戸川伸太郎の眼では、息子は、まだまだ幼稚園の子供なのであった。
 本社ビルの最上階、つまり10階全部を会長フロアとして、そこに座り、目を光らせていた。
 会長が上にいる、というだけで、監視しているぞ、という効果はある。
 会長としての、実際の仕事は、ない。
 そこで、江戸川伸太郎は、趣味に没頭した。
 趣味とは、昭和時代のものの収集である。
 江戸川伸太郎が若い頃は、会社経営だけで精一杯であり、青春を楽しむ余裕などはなかった。
 今、それを取り返すのだ。
 会長室は、昭和時代グッズがあふれていた。
 当時の文房具から始まり、ドラえもん、ウルトラマン、鉄腕アトム、鉄人28号、キティ、リカちゃんなどのキャラクター商品。
 ルービックキューブ、ヨーヨー、ベーゴマ、ヘビ笛、竹トンボ、などなど……。
 大きなラジカセやブラウン管テレビから始まり、ソニー・スカイセンサーや松下・クーガなどの短波BCL受信機が、所狭しと置いてある。
 マイコンは、コモドール64、ペット、アタリ、PC―9800、それにもちろん、アップルの製品はすべて揃っていた。
 壁際には、ホンダドリーム号が置いてある。
 壁には、東京オリンピックのポスターと並べて、殺虫剤や健康ドリンクの広告板が貼られていた。
 これは、まだ序の口であった。
 隣の応接室には、トヨタ2000GTが鎮座しているのだ。
 この車をクレーンで運び上げるときには、息子と大喧嘩になった。
 だが、勝ったのは、もちろん会長である。

 

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