幻創文芸文庫 (β)

小説好きの創作小説を無料配信*スマホ対応

ラブストーリー

幸子 第四回 愛、いさかい、別離(26〜27歳)

   

昭和57年7月、幸子が浜松に移り住み、私たちは同じ市内で暮らし始めた。毎日、会えなくても日記代わりにメモで気持ちを伝えあい、週末は一緒に過ごす日々をしばらくは送っていた。
しかし、私は研修医として日々の仕事と勉強に追われ、気持ちに余裕が持てなくなり、幸子のことを気遣うことができなくなり、幸子のことを傷つける言葉も発してしまうことさえあった。
高校時代の親友も心配してくれたが、私は医師になったという思い上がりもあり、素直に親友のアドバイスに耳を傾けることもせず、とうとう、幸子は私のもとを離れていった。

 

第五章 愛、いさかい、そして別離

昭和57年7月、幸子が浜松に移住。

幸子は早速近所にパートタイマーの仕事を見つけた。

今日は、幸子が浜松に来てから初めての日曜日。
私は台所の物音で目を覚ました。時計を見るともう午前11時を過ぎていた。

「ごめんなさい、起こしちゃった?」
「幸子、来てくれてたの?」
「気持ちの良い朝だったから、お掃除してたの。
 ごはん出来ているから、顔を洗って。」

朝食兼昼食をとった後、私は幸子を浜松短期大学に連れて行った。

「入学試験の時、まだ大学が工事中で、試験をここで受けたんだ。
 どうしても合格したくて一生懸命頑張ったんだ。」

私達はその短大の前の交差点に立った。

「だからね、困ったことがあると、いつもここに来て、入学試験の時のことを思い出すんだ。」
「そうだったの。」

幸子は短大の建物を見上げた。

「あの時、19歳の僕はどんなことがあっても頑張ると考えていた。
 だから、ここに来ると、19歳の僕に負けない気持ちを持たなければダメだって、思うんだ。
 僕にとって、ここは浜松の原点なんだ。
 だから、今日ここで、これからは幸子のことも含めて頑張るって誓いたかった。」

幸子は私の腕に寄りかかって黙って聞いていた。それから、私のアパートまで歩いて帰った。それだけだったが、すごく幸せだった。

時間がゆっくり流れている感じがした。

それまでは、浜松と東京で離れて暮らしていたので、二人でいてもいつも帰りの電車の時間ばかり気にしていたので、ゆったりした気分にはならなかった。

近くで暮らすことがこんなに良いものなのかと初めて感じた。

しかし、二人とも勤めていたし、私は帰るのが夜遅くなることが多かったので平日はあまり話が出来なかった。
でも、彼女は私のアパートに夕食の支度をしておいてくれた。そして、なにがしかのメッセージを必ず残してくれた。

私は幸子の用意してくれた夕食を食べ、そのメッセージに返事を書くことにした。

 「お仕事、ご苦労様。ジャーにご飯を炊いてあります。
  お味噌汁とおかず、温めて食べて下さい。
  私は仕事に慣れてきました。
  幸子」

 「いつも夕食の支度、ありがとう。
  週末にゆっくり話そう。
  誠一」

 「体、大丈夫ですか。無理しないでね。
  幸子」

これまでの6年間と同じように手紙で会話することが多かった。

8月、三沢君、悦子さんの結婚式招待状が届く。

「明日はあなたの26歳の誕生日ですね。
 ご馳走作るから楽しみにしてね。」

昨晩の幸子のメモにはこのように書いてあった。夜9時頃に帰宅すると、クラッカーの賑やかな音と幸子の「おめでとう!」と言う声が私を迎えてくれた。
彼女の心のこもった料理がとても美味しく、そして嬉しかった。

「あなた、三沢さんと悦子の結婚式、11月に決まったわ。
 私達には披露宴だけじゃなく、結婚式から出て欲しいって。」
「そう、決まったの。11月か、楽しみだね。」

その晩、幸子は私の部屋に泊まっていった。

しかし、研修医の毎日は大変忙しかった。この日のように午後9時に帰れる時もあれば徹夜になることもあった。また、土日の休みも無いことがあった。そのため、幸子のメッセージに返事を書けないこともあった。

これまでの6年間は、相手に会えない分、気持ちを伝えるため手紙を書きたくて、身の回りのどんな小さなことでも書いて、相手に伝えてきた。

私は疲れていたこともあり、近くで暮らしているので、いつでも話せる、私の様子を見ていれば何も言わなくても解るはずだと思い込んで、簡単なメッセージを書くことを怠ったばかりか、せっかくの休みに一緒に部屋で過ごしている時も、日々の出来事はあまり話さず、「忙しいかった。」、「眠い。」といったことしか言わない時もあった。

一方、幸子は愛する人の側で暮らせると言う喜びはあったが、それと同じくらい、いや、それ以上に新しい土地で生活を始める不安があったはずだ。でも、幸子はそんなことは顔に出さず、浜松の暮らしにも馴染んでいるように見えた。でも、そのためには、幸子は大変な努力をし、心の不安、ストレスは相当なものだったはずだ。幸子はそれを解消するために私と話したかったと思う。

しかし、私はその大切な役割を果たさなかった。
例えば、私が夜遅くアパートに帰って来た時、幸子が部屋で待っていてくれたことがあった。
そのような時には「どうしたの。話してごらん。」と声をかけるだけでも、彼女の気持ちは安らいだと思うが、私は「調べたいことがある。」と言って机に向かい、彼女の話を聞かないことがよくあった。

 

-ラブストーリー


コメントを残す

おすすめ作品