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童話

パパのランプ・前編

   

童話ジャンルに登録していますが、小学生向けジュヴナイルを想定して書きました。

『ラブホテルの娘』月ちゃんと、大好きな男の子、そして月ちゃんを取り巻くおとなたちの物語。

 

 教科書の入ったバッグが重い。中学校からの帰り道の途中の長い坂を、私はえっちらおっちら歩いていた。
 途中、隣に住んでいるおばさんとすれ違ったが、私は目を合わせず足早に通り過ぎる。下を向いたまま歩いてきたからわからないけれど、きっと隣のおばさんも私と同じように、目をそらしながら歩いて行ったに違いない。
 林の間の道を抜けて、たどり着いた家の門の入り口には、赤い電気のつく「満室」という看板と、青い電気のつく「空室」という看板が並んでいる。
 今日は青い方に明かりがついている。平日はいつもたいていそうだ。
 そしてその横には、大きな大きなアラジンの魔法のランプが、目に痛いほど派手に光る。
 ここに入って、休憩するのは二千円。泊まっていくのは五千円。住んでいる私はただだけど、あまり得した気分にもならない。
 門を入ってから、私の住んでる家までは少し距離がある。暮れかけた陽が青い影を落とす道を、私はさらにてくてく歩いていく。
 道の両脇に並ぶのは、まるでおとぎ話にでも出てきそうな派手な建物。
 そして私はその一番奥、一軒だけまったく普通の造りをしたおうちのドアを開けた。
「ただいまあ」
 ドアを開けると中からはいい匂いがした。
「おかえり、月ちゃん!」
 エプロンをしたパパが、おたまを持って味見をしている。
「今日は月ちゃんの大好きな煮物だよ」
 パパが笑顔で言う。パパの作る煮物はおいしい。私の大好物だ。
「わあい!」
 パパはママと離婚して、そして私を引き取った。
 それまで私は隣の町に住んでいて、けれどそこはママの実家だったので、当然のことながら私とパパが出ていくことになった。
 今まで普通のサラリーマンだったパパは、ママと離婚して仕事を辞めて、そのかわり中古のこの家と、おとぎ話に出てくるような極彩色の、けれどその色が少し褪せ始めているやっぱり中古の建物を八件セットで買った。
 車が直接入ってこれる、お城のような建物。お客さんは直接車で入ってきて、そして車をガレージに入れて、顔も見えないような小さな窓越しにお金を払う。要するにラブホテルだ。
「この仕事だったらずっと月ちゃんと一緒にいられるからなあ」
 そう言って笑うパパを見て、私はたまに思うことがある。
 パパは知っているのかな。
 たとえば、前のおうちにいたときは、近所の人には評判の礼儀正しい子だった私が、ここでは家から一歩出れば、誰にもあいさつひとつしないこととか。
 近所の人たちは、もともとここにラブホテルがあるのが嫌だと思っていて、しかも引っ越してきたのがまだ中学生の私とお父さんのふたりだけの、お母さんもいない家族で、だから私がとおりかかるとひそひそと、けれどまる聞こえの陰口をたたいたりすることとか。
 学校では、私はラブホテルの娘だってからかわれたりすることとか、あと宿題忘れたりすると、先生が私にだけ生活態度が悪いからだって言ったりすることとか、そしてそのあとまあ仕方ないかって含み笑いをするのとか。頭に来たから、職員玄関までこっそり行って、その先生の靴の中敷きに画鋲を仕込んでおいたこととか。
 知ってるのかなあ、パパは。
「月ちゃん、ごはんできたよ、早くおいで!」
 知らないだろうなあ。
「はあい!」

 

-童話

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