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にゃんと素敵な東雲市役所猫支店 姉と妹、そして世界の真実 前編

   

作家生命を絶たれたみづきは、二番世界に逃げ込み、北端を目指して旅に出る。
一方、みづきを叱りつけたフクは二十年前の東雲異変で亡くなった最愛の人に会いに行く。
『姉と妹、そして世界の真実』前編

 

 
 篠原みづきはホームに滑り込んできた列車に、ぶらっと足を踏み入れた。彼女は三日前から旅を続けている。
 懐かしいボックス席を陣取ったみづきは、スモークグリーンのコートの前を合わせる。急きょ調達したコートは、北欧の童話に出てくるあの旅人のようだった。車内は十月なのにいやに底冷えしていて、鼻先が冷たい。車内では、だるまストーブに火が入れられて赤い炎が小窓からちらちら見えた。
「××駅まもなく発車いたします。まもなく発車いたします」
 伸びやかな声がホームに響いた。バスガールならぬトレインレディーだろうか。キツネの耳と尻尾を持つ細い目の女性がひとり、がらんとしたホームに立って、列車の出発時刻を繰り返している。車掌ではないだろう。車掌にしては赤い制服が機能的でなかった。
 トレインレディーは時計を見て、ハンドベルが二回りほど大きくなった金色の鐘をがらんがらんと振った。続いて、前方と後方を指さし確認をする。
「出発進行」
 鐘を小脇に抱え、音を抑え込んだトレインレディーが乗り込むと、ごとんと列車が動きだした。
 みづきは、青いビロードのソファに背を預けようとして、動きを止めた。急に外が見たくなったのだ。泥汚れの激しい窓を押し上げ、身を乗り出した。
 肩口で切り揃えられたワンレングスの黒髪と、コートの襟が、徐々に勢いを増す列車の後方になびいていく。
 ここはどこなんだろうか。東雲市から北に向かったこの町は、私の住む世界でどこに属するんだろう。
 最北端を目指して乗り継いだら、さっぱり分からなくなった。
 さっきの駅名も耳慣れず、急に心細さを感じた。
 速度を上げた列車の窓に木々がぶつかってくる。そのため慌てて身を引っ込め、窓を下ろした。ストーブに乗せられたヤカンから、シュンシュンと細い湯気が立ち上りはじめる。ぐるりと辺りを見回すと、ストーブの近くに陶器の湯飲みと急須が置いてあり、自由に飲んでいいようだった。
 車窓はどんどん景色を変え、ついに山から迫り出した崖の上を走るようになった。
 左手に急峻な山をいただき、右手の崖下には寄せては返す黒く濁った海が見える。
 うねり、崩れる波がまるで砂のようで、みづきは行ったこともない砂漠を幻視した。
 海猫だろうか。遠く、低く、鳴きながら飛ぶ鳥はみづきがいた世界では見かけないものだった。
 鼻の奥がつんと痛くなる。
 じわりと涙が盛り上がって、それを誤魔化すために鼻を啜った。気分を変えようと、お茶を飲みに席を立とうとした。しかしその健闘もむなしく、涙が次から次へとこぼれてくる。結局、腰を落ち着けたまま溢れる涙を拭った。胸が痛くて重苦しい。ぐるぐると渦を巻く思いを、みづきはずっと抱えている。
 乗客は彼女以外いない。
 スニーカーを脱ぎ、膝を抱え、ボックス席に横になる。
 ここは二番世界。
 傷心のみづきは、失踪した著名な作家のようにこの世界に引きこもった。
 海鳴りが、やけに耳に響いた。

 

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