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歴史・時代

ハヤブサ王 第2章 〜大和騒乱(5)

   

 ワキノミコの死に悲しむイワノヒメ。だが、悲嘆に暮れている暇など彼女にはなかった。
 進軍してくるオオサザキノミの軍。
 イワノヒメは、ワキノミコの妹弟を守るべく、敵方の大将である父のソツビコと対面するのだが…。
 時代のうねりに呑み込まれていく女の運命はいかに…!

 

 屋敷に駆け込んできたヤマベノオオタテに、ワケノミコは驚いた。
 目を吊り上げ、鼻腔を大きく開いた顔は汗と泥に塗れ、とてもこの世のものとは思われなかった。
「なにごとですか、これは?」
 オオタテの顔を見たイワノヒメも驚いていた。そばにいたメトリノヒメミコは酷く怯えて、目にいっぱいの涙を溜めてヤタノヒメミコの後ろに隠れてしまった。
 オオタテは、喘ぎながら言った。
「イワノヒメ様、ヒツギノミコ様が…」
「ヒツギノミコ様が、ワキノミコ様がいかがしたのです?」
 イワノヒメが急かすように訊くが、オオタテの咽喉は締め付けられたように詰り、息をするのも苦しそうだった。
「いま、水を持ってこさせますから」
 侍女が持ってきた水を一気に飲み干し、人心地付いたオオタテは搾り出すように言った。
「ヒツギノミコ様、薨り(カムサリ:高貴の人が死ぬこと)なさりました」
「ワ、ワキノミコ様が…、な、なぜです。あんなにお元気だったはずでは?」
「ヒツギノミコとして才がない、これ以上は天下万民を惑わすだけだと、自らお命を…。最後に、これをイワノヒメ様に…」
 オオタテは、ワキノミコから受け取った木簡をイワノヒメに渡した。
 イワノヒメは紐を引き千切るようにして開いた。しばし目を落としたあと、悲鳴とも、嘆息とも分からぬ声を漏らし、その場に崩れてしまった。
「義姉さま」
 ワキノミコの妹たちがイワノヒメを抱き起こした。
 イワノヒメの顔は血の気が引き、美しい唇は藤色に変色してひくひくと震えている。
「どうして…、どうして…」
「イワノヒメ様、確りなさってください。悲しいのは分かります。しかし、いまはそのような状況ではありません」
「こ、これが悲しまずにいられますか、ヤマベ! あの人が、ワキノミコ様が亡くなったのですよ」
 イワノヒメは睨みつけた。その鋭い目つきに、オオタテも一瞬たじろいた。
「そ、それは分かります。ですが、いまはそのような状況ではないと」
「では、どのような状況なのです!」
 イワノヒメは、殆ど半狂乱だった。
「オオサザキノミコ様の軍が、宮や大和の豪族を押さえるために難波から進軍を開始しました。この地にも、まもなくやってきましょう」

 

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