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ミステリー・サスペンス・ハードボイルド

8月のエンドロール 6

   

比野市女子生徒暴行事件の裏には、一人の魔性の女――姫子の姿があった。
姫子を追いかけるタイゾウの父でキャリア官僚の春日井 家光。
そして姫子の娘であるマリ。
大人と子ども、それぞれが交錯する――。
『姫子No.1』配信

 

姫子 No.1

 都内。早朝。高級タワーマンションが建ち並ぶ一画。迎えに来たリムジンタクシーに乗り込んだ女は、震い付きたくなるような美女であった。まだ若い運転手が、ごくっと喉を鳴らす。扉を閉めたリムジンは音もなく走り出した。
 リムジンに乗った女に気負いはなく、普段使いしているのが分かった。年の頃は四十を過ぎているだろう。小作りの色白の顔と、長い首が日本人離れしていた。もしかしたらハーフかもしれない。高い鼻を挟んだ大きなアーモンド型の目は欧米人のように落ち窪み、彫りの深さを伺わせた。自前だろうか。唇が血を刷いたように赤い。頬杖をつく様が婀娜っぽく、メリハリと柔らかさが相まった官能的な肢体はブランド物のスーツに包まれていた。スカートから伸びた長い脚を組み替える。ヒールを少しぶらつかせると、向かいの座席をちょいと蹴った。さっきから生唾を飲み込んで、運転に集中していなかった運転手の男は、それで我に返った。
「ねえ、比野市にはどのくらいで着くかしら?」
「……高速を使うので、二時間程度ですかね」
 ふうんと頷いた女は、コの字型をした座席の左端に移動した。運転席に身を乗り出し、カーナビに記された正確な到着予定時刻と男の下半身を盗み見た。ふわりとかすかに香水の匂いが漂う。努めて平静を保っていた男の股間は、わずかに勃起していた。
「席にお戻りください」
 男は、自分の下半身が凝視されているのに気づき、慌てた。
「お客さん、危ないですから」
「すぐどくわ」
 だが女は一向にどかない。なぜかじろじろと、運転席近辺を見て、とあるものに手を伸ばして電源を切った。
「小谷さま。危険ですから座席にお戻り――」
 振り向いた運転手は、ひどく驚いた。女の虹彩は深い紺碧であった。それがあまりに濃すぎて、黒に見えるのだ。そして、白目がうっすらと青みがかっている。
 見透かされる。瞬間的に男は理解して、顔を背けた。
 小谷と呼ばれた女は、座席に戻るとさっきの言動がまるでなかったかのように、深く腰を落ち着けた。アップにした黒髪からわずかにほつれた一筋を、長い爪で弄んでいる。ネイルもジェルもしていない桜色の爪は、だが如実に女が夜の世界に生きることを現していた。 
「比野市の××病院まで、ですね」
 運転手が自らの職務を思い出し、車内の嫌な空気を切り替えるように確認の必要もないことを口にした。
「そうよ。娘が入院してるのよ」
 小谷 姫子――コタニ マリの義理の母は、禁煙のはずの車内で、銀のシガレットケースから細巻きを一本取り出すと、ぽってりした唇に挟んだ。運転手が止める間もなく、火を灯す。そしてケースを運転手に向けた。
「煙草、吸うんでしょ? 一本どう?」
 そして姫子は、すぱあっと吸った。色気に満ちた見事な吸いっぷりであった。

 

-ミステリー・サスペンス・ハードボイルド


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