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ミステリー・サスペンス・ハードボイルド

8月のエンドロール 8

   

病院を連れ出されたマリをさらなる悲劇が待ち構えていた。
なぜ、実の娘であるマリを父・小谷 勇次は助けないのか。
大人たちのそれぞれの思いと事情。そして動き出すタイゾウ。
『父娘という名の他人』配信

 

父娘という名の他人

「二週間ぶりね。バカンスは楽しかった?」
 病院の出入り口に横付けされていたリムジンタクシーに乗り込んだ姫子は、そっとマリの肩に手を触れ、尋ねた。マリは病院のトイレで、姫子が用意した洋服に着替えさせられた。マリのサイズを把握しているとも思えないから、サイズは適当に見繕って、店の女の子から借りてきたのかもしれない。
 肩に置かれた手。その何気ない置き方はマリにとって、拘束以外の何物でもなかった。マリはなにも答えられない。ただ俯き、折檻を、いやそれ以上の酷い現実が来ることを予期して、心を殺した。
「ねえ、この街、ブティックが集まった大通りあるでしょ? そこに回してちょうだい。――マリ、あなたへ素晴らしいプレゼントがあるわ」
 プレゼント。それはマリの予想通りにろくでもない現実が待ち受けていることを示していた。
「ありがとう、おかーさん」
 もう意図せずに浮かべられるようになった無邪気な笑みを浮かべると、姫子もにっこり微笑む。細くなった目から覗く、深い紺碧が激しい怒りと嗜虐心に満ちていた。
 おかーさん。空虚な響き。それでも、この場はそう呼ばねば、叱責される。
 静かにすること。決して逆らわないこと。流されるように受け身でいること。心を殺すこと。それが、マリが初めて客を取った後に学んだ姫子への対処法だ。
 マリはもう、人ではなく人形になっていた。
 やがてタクシーは比野市一番の大通りへと来た。
 マリと姫子を降ろす。
 タクシーの運転手に、色をつけて名刺と一緒に渡すと下半身と懐が潤った男は、正規の料金を料金箱へ、残り数万をポケットに入れた。そして姫子が切った車内防犯カメラを作動させて走り去った。
 これで空白の二時間ということになるが、ぶつかってしまったとでも言い訳しておけば通るだろう。
「やだ、辺鄙なところね。こんなことなら表参道か銀座で買ってくればよかったかしら」
 都心部とは比べものにならないくらい少ないブティックしかない。それでも海外有名ブランドや国内の若者向けファッション店がずらりと並んでいる。人通りはそこそこ多いが、都内ほどではない。
「ま、いいわ。来なさい」
 悠然と闊歩する姫子の後を、マリがしずしずとついていく。
 そして、ドアマンを一瞥もせず有名ブティックのドアをくぐった。

 

-ミステリー・サスペンス・ハードボイルド


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