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歴史・時代

宗昴記:番外章「月の追憶」/中編

   

 ときは宗王朝が建国期、第三代は明同帝の治世のこと。月の綺麗な深夜、宮殿を抜け出す少年の影があった。影の正体は天性の悪戯っ子、皇帝の第二皇子・朱理(15)である。
 お目当ての匁帚(メス)を求め、古びた蔵に入り込んだ朱理は、うっかりと仕掛けを踏み、手引きをさせた師の孫娘・李香蓮(13)共々、そこに閉じ込められる。しかし、慌てる朱理を横目に、少女は水鏡を用意し始めて…

 三人の男女を描く長編宮廷ラブストーリー番外編。月夜の追憶が誘う幼き日々、少年少女のささやかな悪戯と冒険の物語。

※この作品には、「人物目録/用語解説」がご用意してあります。

※この作品は「宗昴記」という長編作品の番外編にあたる物語です。この番外章から「宗昴記」の世界へ踏み込むことも可能とは思われますが、基本的には、第一章を既にお読み頂いた方を対象に執筆した作品です。

 

中編

 宗の都の夜空に、白い月が昇っている。満月に少し足りない楕円の月。薄くたなびく雲が月明かりを反射して、夜の街並みは、思いのほか明るかった。

 人通りの失せた深夜。宮廷の裏手から、ひとつの影がするすると走り出た。影はそのまま、大路を挟んで向かい合う一軒の屋敷へと入り込む。手をつき、腹に力を込めて壁を蹴れば、塀はあっという間に越えられる。

 不法侵入者は、しゅたっと勢いのよい音を立てて、難なく庭に着地すると、約束していた松の大樹の方を伺ってみた。待ち人の姿はない。小声で呼びかける。

「おい…」

 返事はない。

 夜風が背の高い草を凪ぎ、かさかさと音を立てた。

「おい、来てないのか?」

 土壇場で怖くなって、来るのをやめたのかもしれないな。呼びかけながら、朱理はそう思った。澄ましているくせに、案外と怖がりなのか。そら、見たことか。口は達者だが、やはり、まだ13歳の…

「こちらにおります」

 四割の失望と、六割の爽快感で、やや勝ち誇っていた朱理の気分に、静かな声が水を差した。ぎょっとして振り返る。闇に閉ざされた背後から、小さな少年が姿を現していた。

「なんだ…お前、いつからそこに居た」

 驚かされた腹いせに、少々棘のある声で尋ねる。

「四半刻(三十分)ほど前から」

 少年の姿の少女は、短く応じた。見ると、きちんと身なりを整えてある。薄いすみれ色の衣服が月明かりを浴びて、綺麗な濃淡を作っている。少年としての出で立ちは、髪の結い方に至るまで、普段と何ら変わるところがなく、寝室をひとり密かに抜け出してきたようには思えなかった。

 その髪は自分ひとりで結ったのか、と妙なことに感心しつつ、朱理の意識は目的の物へと急いている。

「鍵は借りてきたか? 李香蓮」

「借りては参りましたが…」

「どうした? 早くこっちに渡してみろ」

 朱理に強引に急かされて、少女はしぶしぶ手にした鍵の束を差し出した。木製の板に、じゃらじゃらと十数本の鍵がぶら下がっている。すべての蔵の鍵が一緒になっているのだ。

「…本当に忍び込むおつもりですか? 朱理殿下」

 月明かりに照らして鍵の番号を確かめている朱理に、どこか身の上を案じるような表情で、少女が訊く。

「そうだ。今更、何を躊躇う。とっとと行くぞ」

 医者の屋敷の蔵だ。例の匁帚(メス)以外にも、色々と面白い物があるに違いない。朱理は悪戯を前にしたいつもの高揚感を楽しみながら、足早に歩き始めた。

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