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ミステリー・サスペンス・ハードボイルド

8月のエンドロール 9

   

大人たちの因縁を巡る回想の物語。
『始末師』配信

 

 
始末師

 比野県警の敷地内に寝泊まりすることになった家光は、自分のデスクで自力で集めた姫子の最初の事件――親友・長井 智宏の自殺について丹念に読み返していた。
 さきほど、初動捜査を失敗した比野県警捜査一課は、基本方針を最初から立て直して夕食と就寝のため一時解散となった。家光はコタニ マリの保護を訴えたが、どこに行ったか分からない以上、追跡と保護はかなり難しいとされた。
 何しろ姫子が比野市に入った記録がどこにもないのだ。電車でも車でもない。電車ということはないだろうと推測し、比野県と都内のタクシー会社を洗って小谷 姫子の名前に行き当たったが、乗車記録が消えていた。今、姫子を乗せたはずのタクシー運転手に話を聞いているが、すぐに降りたと言い張っている。乗車レコーダーの記録が不自然に消えていることから姫子が乗ったのは間違いないだろうが、令状を取って運転手を引っ張ってきても姫子の行方は分からないだろう。比野市に入った姫子は、なぜマリを迎えに来たのか、今、どこにいるのか、さっぱり分からなかった。警察は完全に出遅れた。児童福祉局の牧元からも逐一連絡があるが、状況は芳しくない。
 そして、コタニ マリは忽然と消えた。
 捜査会議の方針はマリの発見と保護を優先しつつも、その実、狙うのは本星の姫子に移っていた。
 家光は、ざわつく捜査一課課内で淡々と記憶の発掘という作業をこなし続ける。
 書類ケースから古びた新聞を取り出す。
 同期で出世頭だった長井 智宏の自殺を報じた記事だった。一般的に処方される風邪薬を大量服用し、朦朧とした智宏は首を吊って自殺した。第一発見者は当時の婚約者。長井と約束があって待ち合わせをしていたが、一向に来ないので家に来たところ首つりを発見した。
 自殺の理由は情報漏洩。当時関わっていた事件の機密を報道機関にリークし、金銭の見返りを要求した疑いが持たれていた。調査が及ぶすんでのところで、智宏は自殺した。遺書はない。死の直前に誰かと会っていたらしいが、誰かは分からない。 
 そう世間では言われている。家光以外、家族でさえ誰も疑っていない。同期の間では、智宏の名を出すことさえはばかられている。智宏の自殺は、疑問にすら思われなかっただろう。
 だが、家光は智宏が自殺をする必要がなかったことを知っている。智宏がリークしたと言われた情報は、彼が追っていたC県県議とC県で幅を利かせるS建設業者の癒着についてではなく、S建設業者の社長の不祥事だった。それもどうでもいい交通違反で、切符を切るとき警官を買収したという事実である。
 それは、大きな円の一部ですらなく、報道機関に金銭を要求するような情報ではない。仮に金品を要求したとしても、清廉潔白を信条とする智宏は事情聴取に応じればいいだけだ。買収された警官が死ぬ理由ならあるが、智宏が死ぬ必要がないのだ。
 なにより智宏は風邪を引いていなかった。これは最期に共に飲んだ家光が確認している。
 結果、県議とS建設業者の癒着が発覚しても、不祥事として智宏の自殺の処理に追われていた警察は後手に回った。
 県議はその後、別の容疑で起訴された。

 

-ミステリー・サスペンス・ハードボイルド


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