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ラブストーリー

Love cannot be compelled 9

   

信長の会社に勤めて半月が過ぎた。
平穏な日々を過ごしていたある日、初めて別々の帰宅を余儀なくされた蘭は、信頼されている飯田という社員に送ってもらう事に。
しかし、マンションに着くという後少しの所で、飯田が車を停めた。その理由が…。

 

 信長の会社で仕事をするようになってから、半月が過ぎた。
 それこそ最初の内は、コーヒーを淹れたり掃除をしたり、信長の昼食を作ったりの雑用だったが、エリカが入力作業の手伝いを頼んできてから、少しずつ本当の仕事になってきた。
 入力作業はお手の物だった蘭にとって、この手伝いは喜ばしいものだった。ただ、入力している内容が内容だけに、いつも緊張が走っていた。
 エリカが言っていた外部に漏らしたくない内容、当然の事ながら社外秘の印が押してあるものばかりだ。入力を終えれば、その紙はシュレッダーにかけられる。そして、全てロックの掛かっている部屋で管理されていた。
 つい最近、仕事を上がってから信長に聞いた事があった。仕事とはいえ、入って間もない自分が、そんな重大なファイルを見ていいものなのかと。入力しながら圧し掛かってくる責任に、エリカの手伝いから外してもらおうかとも思ったくらいだ。
 だが信長は、仕事なのだからそれを全うすればいいと鼻で笑った。入力作業なのだから、それを間違わずにやればいいと。そして、ファイルの内容がどうであれ、入力間違いなどあってはならない事だろう、と、挑発するような目を向けたのだった。
 その目にムッとしないわけもなく、蘭の負けず嫌いが表にでた。
『入力作業で間違うわけないでしょ』
 馬鹿にしないで、そう言おうとした口を直ぐに塞がれてしまって、そのまま流されてしまったのだが…。
「蘭さん、そろそろ社長が戻るわよ。よろしく」
「あ、はい。わかりました」
 腕時計を見たエリカが自分のデスクに戻って行くと、直ぐに表情を消して仕事に取り掛かった。
 蘭は一度手を止めて、エレベーターの前に移動した。
 一週間を過ぎた頃から、信長が外に出て戻って来た時の出迎えを、蘭に引き継いだ。エリカを連れて行かない外出は、大抵抜き打ちの見回りだ。ホテルや建設、それぞれの会社に突然顔を出して様子を見てくる。そして、それぞれの代表と話をして戻ってくるのだ。
 今日もエリカを連れて行っていない事で、抜き打ちだと感づいていた蘭は、デジタル表示が最上階になった所で、なんとなく姿勢を正した。
 扉が開いて信長が部屋に入って来ると、一応頭を下げて『お疲れ様です』と言った。
「……慣れんな、蘭に言われると」
「はぁっ?」
 嫌味ったらしく言われて、思わず素で返す。すると、すぐに肩を揺らして笑いを堪えながら、信長は自分のデスクに戻って行った。その後に続いて自分のデスクに戻った蘭は、引き続き入力を始めた。
「エリカ、今日の晩の会食にお前も来い」
 聞こえた信長の声に、蘭の手が止まる。そして二人に視線を向けた。
「分かったわ。それじゃ、蘭さんを飯田に送らせます」
「それでいい。とりあえず今日の相手には、濁らせる事にした」
「分かりました」
 手を止めて手帳を開いたエリカが、真剣な表情で何かを書き込んでいる。それを見詰めてから、蘭はパソコンに視線を戻す。だが、その目は遠くを見ていた。
(……長年やってきているから、やっぱりアタシには分からない事が多いよね……。今日の相手も誰だが分かってないし……)
 作業を再開しながら、蘭は小さく溜息を吐いた。

 

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