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歴史・時代

薔薇と毒薬 14

   

 喉元を締め付けるグレイの手から逃れようとマリエットは暴れた。けれどグレイの力はマリエットが抗えないほどに強く、衝撃と共に箪笥の奥に突き飛ばされ、背中が板に当たる。
「いや、やあっ、怖い、出して!」
 箪笥の板壁を叩く手が、折れそうなほどの力で押さえ込まれ、恐怖と圧迫感に呼吸が浅くなる。

 

 歌い終えて身支度を調えて、控え室の扉を開けたマリエットは驚いた。外の廊下に、ノイッシュが心配そうな顔をして立っていた。何故王子がこのようなところにいるのか。
「ノイッシュ王子、どうしてここへ?」
 そう訊ねると、ノイッシュが答えた。
「いつもと歌が違っていたから、心配になって」
「え……」
 確かに薬を飲んでいない所為で、喉が本調子ではない。それだけではなく、毒薬の症状も身体に現れ始めている。それでも他人に気づかれるほどに、歌に支障が出ているわけではないはずなのに。
「……わかるほどだった?」
 少々の落胆と共にマリエットが言うと、ノイッシュが首を振った。
「いや、エーベルはわからないと言っていた。いつもと同じだと。だから僕の気のせいかと思ったんだ」
「そう……」
 舞台に上がる者が、観客に調子の悪さを気取られてしまうなんて、未熟もいいところだ。ちゃんと歌えてると思っていたのに。
 悔しさが表情に出てしまう。そんなマリエットに、ふとノイッシュが言った。
「迎賓館まで送るよ、少し歩かないか?」
「もう暗いわ」
「怖いかい?」
 国賓としてこの国に呼ばれたマリエットは、歩いて十五分もかからぬ迎賓館と王宮の短い距離を、専用にあてがわれた馬車で行き来している。けれどその道は森の中を通っていく、素人には道とわからぬ道であり、そのような暗い道を歩いて戻りたくはなかった。
 それでも、少しでもノイッシュと共に過ごしたいという欲求の方が勝った。

 

-歴史・時代


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