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ミステリー・サスペンス・ハードボイルド

8月のエンドロール 11

   

事件から三週間経ったある日。マチヤ シオリはようやく目覚めた。
だが、傷を負った彼女の心は「殻」に閉じこもってしまう。
「殻」のなかで、過去を見つめ、最愛の人が彼女を呼ぶ。
そして、はじまるカウンセラーとの対話。
シオリが「殻」のなかで見つけだしたものとは?
『鏡合わせの少女No.2/孵化』配信

 

鏡合わせの少女No.2/孵化

 マリが古雅の物になり、タイゾウが志を新たにした頃、ようやくシオリは目覚めた。夕暮れ時だというのに外は未だに暑い、八月第二週の土曜日だった。暴行事件から実に三週間ぶりの目覚めだった。
「シオリ!」
 付添人として病院近くに寝泊まりしている仕事帰りの町家 孝史は、娘が目を覚ましたのに驚き、慌てふためいてナースコールを押した。だが、シオリは心をどこかに置いてきたようにちっとも反応しなかった。
 その様子に心配した父は娘の髪を撫でた。
「気分はどうだ……シオリ」
 シオリはきろりと目を動かしただけで、なにも言わなかった。表情も茫洋として読み取れない。
 シオリは難しい子だ。
 なにがきっかけとなって、あの地獄の日々に逆戻りするか分からない。三年の間に、シオリはずいぶん人らしくなった。良い友達にも恵まれた。依存症があっても父娘揃ってカウンセリングを受け、徐々に受け入れていった。
(それがなんだってこんなことに……)
 何百ぺんと繰り返した言葉を、孝史は胸の裡で繰り返した。
 汗でべたついた髪をかきわけてやる。孝史の不安は、眠りに就いたときよりむしろ目覚めた今の方が強かった。顔の左に刻まれた無数のケロイドがひときわ異彩を放つ。
 シオリはこれから〝まとも〟に戻れるだろうか。あの可愛らしい笑みを浮かべてくれるだろうか。浮かべた笑みに中身は伴っているだろうか……。
 目眩のするような〝これから〟が、どっと孝史に押し寄せた。
(全部、俺の責任だ)
 孝史は娘を一人にさせておいた自分を強く責めていた。
 ノックがされ、医師と看護師が顔を覗かせる。
「マチヤさん、検査しましょう」
 シオリに向かって、医師が言う。
 天井を彷徨う澄んだ目は、ただただ医師の言葉を聞き流していた。
 医師のチェックが一通り終わり、異常なしという判断が下った。排泄の管が抜かれたが、鎖骨下に入った点滴だけは抜けなかった。
「どうだ?」
 孝史がシオリを覗き込んだが、シオリはわけも分かってないようで、頷いただけだった。

 

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