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ミステリー・サスペンス・ハードボイルド

個人の価値たる犯罪 <前編>

   

個人の思い上がった感情が、世間一般的にどの程度の価値があるのか。
それがいったいどのように評価されるか。
自分の置き場という価値観を個人的な幼い頃の屈辱からくる復讐心に憑りつかれた男の人生の顛末がどう転がっていくか。

それを考え読んでもらいたい。

 

 区役所に勤める星稜 猟斬(せいりょう りょうざん)は、この就職難の時代に、運も実力といった自らのこぶしを硬く握り締めてガッツポーズを決めていた。
 そして、ほくそむ。だが、決められたレールを進めるだけの未来を約束されたからこの道を歩んでいるわけではない。そう、安定職に就職したいわけではない。くどいようだが、職の安定だけを求めるだけで区役所勤務を志望したわけではないのだ。
 猟斬には、嘲笑にも似た目的があるのだ。それがそのほくそ笑んだ理由のひとつでもある。

「おっ、仕事熱心じゃないか。星陵…昼休憩だぞ、休まないのか?」

 男は声のする方向に顔をむけた。そのひとは上司の柏 竜介(かしわ りゅうすけ)だ。
 いつもビシッとスーツを着こなして、印象はダンディズムだ。所持している品は聞き覚えのあるブランド品ばかりだ。だが、仕事もできて部下の面倒見がとてもいいのだ。親身になっていっしょに問題解決に取り組む姿勢は昭和の男のイメージだ。そのせいか、周囲の女性社員からの絶大なる信頼と人気は、猟斬の比ではなかった。
 猟斬は他人事に関心を持たず、後輩がはいっても愛想のひとつもない。挨拶はしない。なぜなら、いち早く役所に入り、だれもいない職場でひとり就業開始の時間になるまで”なにかをやっている”。
 それが、仕事熱心なまじめな社員として映っているが、ある意味変人だ。そこまで仕事に取り組む姿勢はさすがの柏でも無理難題だった。
 そんな唯我独尊な男は、一日をとおしてだれかと一緒にいることはなかった。

「えぇ、とり急ぐ案件を片付けたいので」

 猟斬は興味がないものでも見るように、一瞥するだけでパソコンにむき直った。

「でもどうだ、たまには一緒に飯いかないか?」

 柏は猟斬の肩に手を置きながら話す。
 背中でこたえる猟斬。頭を傾けることもせずに、眼球がだけが置かれた手の方に流れたが、肩で呼吸して、無言の拒絶をしめす。

「あとで食べます」

 

-ミステリー・サスペンス・ハードボイルド

個人の価値たる犯罪<全2話> 第1話第2話

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