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ミステリー・サスペンス・ハードボイルド

8月のエンドロール 12

   

タイゾウ、シオリが立ち上がるなか、アイザワ メグミは依然として失意の闇に沈んでいた。保護観察処分を受けたメグミは、両親から放置され、肌を掻き毟る。今後の一切が奪われたメグミを、兄の亘が助け出す。
僅差の救いを得たメグミは思い、決意したこととは――?
『襖の隙間から覗く救い』配信

 

襖の隙間から覗く救い

『もしもし、メグミ……?』
 一瞬沈んでいた心が浮かび上がる。だが、すぐさま後ろめたさがそれを覆い尽くした。なにか言おうとしてなにも言えず、何度か口を開け閉めしているうちに、電話口のシオリが『メグミ……あのね』と大事な言葉を紡ごうとするので電話を切った。
 次の言葉を聞く資格はないと思った。
 そして、くったりと座っていた敷きっぱなしの布団に突っ伏し、啜り泣いた。肌が猛烈に痒い。長袖をまくり上げ、腰の辺りを掻き毟る。長袖の下に隠れている真っ白だった肌は見るも無惨で、赤く血が滲んで膿んでいた。ガリッ、ガリッと掻き毟る長く伸びた爪の間には凝り固まった血が詰まって、黒くくすんでいる。警察から解放されて以来、肌の痒みは止まらなくなった。
 ひっかき傷だらけの汚い小娘に保護観察処分がくだったのち、一週間ほどが経った。
 父は不処分を狙っていたらしいが、父の力を持ってしても今回の事件は揉み消せなかった。メグミが腹を刺したときも、今回も、腫れ物に触るように父も母もなにも咎めず、なにも言わなかった。ただただ、置物のようにメグミを無視し、いないように振る舞った。
 その素っ気ない態度に、メグミはほっとしつつも、消えない雪のような虚しさばかりが募った。
(あたしは、愛されてない)
 そう、はっきり気づいた。
 市内に住んでいるはずの兄は、事件が報道されてもメールも電話も寄越さず、顔すら見せなかった。二歳違いの兄はメグミからしたら頼りない、どこかちゃらんぽらんな人だったがそれでも家の中で唯一慕っていた。その兄からも、メグミは捨てられた。
 しまいにはメグミのせいで離婚話が持ち上がっていた。母がもう嫌だと言ったらしい。なにが嫌なのか――夫に暴力を振るわれることか、それとも娘が殺人未遂を犯したことか、それとも跡継ぎであるはずの息子が家に一向に帰ってこないことか、あるいはその全部か――メグミには心当たりが多すぎて分からなかったが、嫌なら嫌で離婚すればいいと思っていた。
 掻き毟っていた指が落ち着くと、途端に寒さが襲ってきた。顔をのろのろあげると手元にあったリモコンで部屋の暖房を最強にする。あの刑事に浅ましい自分を暴かれたあと、まるでごっそりなにかをなくしたように寒くて仕方がなかった。
 事件がどうなっているのか、部屋に閉じこもりっきりのメグミには分からない。通話以外のほとんどの機能を消去し、かろうじて保っていたスマホの充電も、さっきのシオリからの電話で尽きた。
 すんと鼻を啜る。
 これからどうなるのか。
 メグミにはもうなにも見えなかった。
 来年の今頃は、家を離れてどこか違う土地で細々と大学生をやっているはずだった。だが、その道は完全に絶たれた。事件が全国報道され、保護観察処分を食らったメグミは就職することも出来ないだろう。生きていくにはこの大嫌いな家に固執するしかなく、それ以外の方法は皆目見当がつかなかった。
 廊下と自室を遮る襖の向こうで、蝉の鳴く声と影が見える。だが、影はしょせん影なのだ。
 あぁ、とメグミは呻いた。
(あたしはもう二度と、この襖の向こうには行けない)
 未来なんてこれっぽっちも見えなかった。
 生きる力もない。
 あの夏の日のように、シオリは助けてくれない。
「誰か……」
 喘ぐように呟いた。その先の言葉は、自分でも分からなかった。
 自分の命さえも持て余し、他者に委ねてしまいたかった。そうすることで、楽になれると思った。
 視界がぐらつく。四日ほど水以外なにも口にしてない。立ち上がる体力もない。警察署から帰ってから布団に一日中伏せっている。
「誰か……」
 シャワシャワと鳴く蝉の声が、暖房の音に掻き消されていく。
 悪い夢を消し去るように布団にもぐりこみ、夢すら見ず、寝た。

 

-ミステリー・サスペンス・ハードボイルド

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