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歴史・時代

薔薇と毒薬 17

   

 おそるおそる振り返ると、ノイッシュが、今まで見たことがないような硬い表情でマリエットを見ていた。
「……話があるんだ」
 ノイッシュを見あげ、その碧の瞳に映る自分の姿を見る。
 こくりとマリエットは頷いた。来るべき時が来たのだ。

 

 静かな午後の森を走る馬車にマリエットは揺られていた。宮殿まで五分程度の道程が、とても遠く感じられる。
 舞踏会などに呼ばれ歌いに行くときは、ひとりで宮殿に向かうことが多かったが、何故だか今日はグレイがそれに同行すると言い、一緒に馬車に乗ってきた。
 もしかして自分のことを心配しているのだろうか、などと一瞬だけ思ったが、マリエットはすぐに、そんな都合のいい考えを否定した。彼はそんな無駄なことはしない。グレイが感情で動くところなど、見たこともない。
 背もたれに身を預けたまま、荒い息をつくマリエットに、隣に座っているグレイが言った。
「歌えるのか」
「当然よ、あたしの仕事だもの……」
 マリエットは無理矢理身を起こし、背筋を伸ばした。
 リアンドールとしてではない。芸術ギルドのオルゴールとしての、マリエットの仕事。
 歌いたくて生きていた。生きていたから歌ってた。数多の変遷を経て今ここにいる自分だけど、どのときも、いつも歌だけはうたっていた。
 もう、あと何度歌えるかはわからない。自分の今の状態を思えば、もしかしたらこれが最後かも知れない。
 けれど命を終えようとする今、はじめて知ったこの気持ちを歌いたいと、マリエットは思っていた。
 ノイッシュに出会い、温かさに包まれて、漸く知ることができたこの想いを。
 馬車が木立を抜けると、白亜の宮殿がそびえ立っていた。

 

-歴史・時代


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