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ミステリー・サスペンス・ハードボイルド

トリガー 誘発! 1

   

 人間とは、健全であるがゆえに、些細な判断で過ちを犯す。だれもが得をして、だれもが損をする。それを操作している人間がいたとしたら?
 あなたなら、どう思いますか。

 誉田 駿介(ほまれだ しゅんすけ)もまたその当人だと実感してやまない。
「なぜ、自分はこんな世界で孤独に生きているんだ。だれも救ってくれない」と他力本願の自己中心的な考えに束縛されている。
 そんなとき、電車のなかでその疑問をみつけ、答えをまさぐる。そう、引き金となるきっかけにぶちあたった。
「こいつ、ふざけやがって」
 人間の持つ五感を侮っている。それに気に障るほどに触れているというのに、本人の心の作用など気にもせず軽はずみな発言をそのくちからもらす。
 それもまた罪である。粛清を与える。誉田は、この日から自身のルールと自己流のヒーローで悪を滅することにした。
 この世に生きるすべての人間は、悪の心が潜んでいる。そのきっかけを、トリガーを誉田が引くのだった。無理やりに悪を引きずり出し罰するために。

 

 誉田 駿介(ほまれだ しゅんすけ)32歳。会社員、大手通信会社に勤めている。社会人になって、この世界のルールのようなものに矛盾を感じていたところだ。仕事の内容や社内ルール。同僚や後輩に上司。これまで共に時間をすごしてきた友人たち。しかし時間は進む。置いていかれていると自覚するのは次なる瞬間だった。

 恋人、結婚、そして子どもの誕生など…生活の変化は、よろこばしいことではあるがその反面、一瞬で奈落の底へと居場所を失う状況に立たされているのを本人は知らない。

 幸せと思う瞬間は、結婚式で祝福してくれるそのときの笑顔だけだ。そのあとは自由にはなれないのだ。選択肢はふたとおりしかないことを、結婚したものたちは気づいていないのだ。

 社会人としてみんながおなじように生きていれば同様の苦悩はある。考えさせられる。しかし、誉田の胸のうちは別次元に傾いた。気づいた。そのきっかけはテレビの連日のニュースにもあった。

 人を殺し、騙し、陥れる。そんなニュースばかりだ。動機は簡単だ。仕事の叱咤、嫉妬、貧困、突発的な衝動なものばかりだ。不公平。不平等。解雇され、離婚、幼児虐待、なぜそんな過ちに気づかないのか、誉田は他人の行動に悩んでいた。他人のことだが、他人として見ぬ振りなどできない。そ知らぬ顔をしてその夜、眠りにつけるはずもない。嫌気がさしていた。

「結婚や家族なんて、慰めにしかならない。笑顔で笑えるときもあれば、にらみつけるほどの嫌悪だって膨らむ。どちらかといえば後者だ。しょせん人間は孤独な生き物だ」
 自覚している。すさんだ心は硝子よりも薄い性質でできている。しかし、すさめばすさむほどに、誉田の感性は地を這い、奈落の底へとむかっていくだろう。しかし、そんな状態でいながらも、救いがあるのかもしれない。

 誉田は苦悩のあとに垣間見るヒントをみつけた。

 ある日の帰宅最中のことだ。仕事で疲れ果てていたせいか、異常なまでに感性、聴覚、神経が高ぶった。ゆっくり安眠したいところだが、電車の揺れと混雑がそれをさせなかった。
 池袋から西武池袋線に乗る。急行だと出勤、帰宅ラッシュ時になると、どの時間帯も満員状態。乗車率は300%だろう。車内は人ひとひとで寿司詰め状態だ。誉田はつり革につかまり、まぶたを閉じた。多少なり疲れを少しでも回復されるためだ。頭のなかでは、なぜか、いまの自分の姿が思い浮かんでいた。

 電車に乗るまえは夏の暑さで額に汗がにじみでてハンカチで拭っていた。電車のクーラーのおかげでひいてきたが、ワイシャツの袖をひじまで捲り上げていた。スラックスも脱いで、シャワーを浴びたくてしかたがない。足の裏は革靴の表面の固さにマッサージをしたい。
 ビジネスバッグのチャックを少し開いていたのを思い出した。パスモの定期を改札口で通るときに使ったときそのままだった。片方の手だけははいるくらいは開いている。ショルダーかけにできる紐がつけられるタイプのバッグだ。つり革につかまりたいからショルダーかけにしてバッグは後方へさげていた。
 背後にだれがいるか、認識していない。周囲にだれがいて、どんな人間がいるのか、そんなことを気にしながら電車に乗ることなどしない。
 誉田の背後にいたのは、サラリーマンの男三人がいた。その三人の会話が、疲労からくる誉田の聴覚を異常なまでに発達させていた瞬間でもあった。

「財布とれるんじゃね」背後の一人が唐突に言った。そして、ケタケタと笑いを押し込むように話題を悪意なき些細な冗談を交わす。
 誉田はつり革に右手を伸ばし、つかまりながらまぶたを閉じ、耳をすまし、周囲の気配や会話を漏らすことなく拾っていた。これでは疲労感は癒やされない。疲れすぎると高ぶる神経はなかなか安らぐことはない。
 誉田はそんな会話に警戒心が高まった。夜のため、電車の窓ガラスには背後の光景が鮮明に映っていた。
 そして、また後ろの三人のだれかが言った。「窓ガラスに映っているのをみてるようだぞ」
 なぜ、目の前にいる相手にたいしてそんな会話をするのかわからない。
”聞こえないとでも思っているのか、真後ろにいる会話なんだからとうぜん聞こえる。このバカどもが…”、そんな会話をされたら、確実にわかるものだ。背後で悪巧みしているのだから。聞き漏らすわけがない。さらに警戒を高めた。黄色から赤にランプが変わるくらいに背後の三人組の会話を盗む。

「手ははいっても、なかがどうなってるかわからない」また三人組の男の一人がいった。
 決定的だ。
「おい」誉田は振り返りながら威圧的に男たちをにらんだ。
 ここからが三人組の顛末の瞬間がはじまる。

 気づいたのだ。誉田は善たる人間に悪の淀みがない、ということはないと。それはつまり、毎日、淡々と過ごす日常にハメをはずす瞬間がある。運が悪ければそれは犯罪者として罪を償わなければならないということになる。出来心や社会人としての良識や、無知たる子どもたちの行いも、すべてが悪からくる心ではない。しかし悲壮感に包まれた瞬間、その行いは涙してしまうほど悲しいものだという認識によって、やってはならない行いである。それは罪であると。罪人のレッテルが貼られることになる。
 誉田は、だから軽はずみな出来心を誘発しようと、悪を引きずりだして、悪人に仕立て上げることをひらめいた。

 

-ミステリー・サスペンス・ハードボイルド

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