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歴史・時代

ハヤブサ王 第3章 〜皇女たちの憂鬱(2)

   

 十年という歳月は、イワノヒメとオオサザキ大王の間にも、微妙な変化をもたらしていた。
 大王の子どもを産んだイワノヒメ。彼女の心から、前の夫であるワキノミコへの想いが思い出へと変わり、オオサザキ大王への憎しみも薄れていくのだった…。

 

 イワノヒメは、難波の高津宮で十年目の夏を迎えた。
 長くもあり、短くもあった。
 オオサザキ大王と間に、七人の子どもができた。皇子四人に、皇女三人である。お腹が休まる暇がなかった。
 オオサザキ大王は、前の夫であるワキノミコの仇であり、憎むべき相手である。それでもオオサザキを受け入れたのは、女の性であろうか。
 いや、違う。そんな簡単なことではない。憎い。いまでも憎いと思っている。寝台の下には、常に短刀を隠し持っている。オオサザキが体の上で悦に入っている間に、何度その首筋に突き立てようと思ったか。
 だが、できなかった。
 自分でも分からないが、短刀を握り締める手が緩むのである。
(私は、あの人を愛している…。いえ、違う、違うわ)
 愛ではない。まして、オオサザキに対する恐怖ではない。愛と恐怖の狭間いにある何かが、彼女の腕を鈍らせるのである。
 男を憎んでも、子は憎めないというのもあるかもしれない。
 自分の乳にむしゃぶりつく赤子を見詰めていると、
(ああ、この子たちには私が必要なのだ。この子は、私なくしては生きてはいけないのだ)
 と、無性に愛しく、男を憎むことが如何に馬鹿らしいことかと思い当たるのである。
 現に、宮の庭先では子どもたちがはしゃぎ回り、イワノヒメの懐では生まれたばかりのヲアサツマノミコがすやすやと可愛らしい寝顔を見せていた。
 皇子や皇女たちはいずれも可愛らしい顔をしている。
 葛城のソツビコ曰く、「大王ではなく、お前に似たな」らしい。
 確かに、小さな目や口元は母親に似ている。イワノヒメ本人も、オオサザキに似なくて良かったと思っている。
(大王に似たら、どんなに恐ろしい顔になるか…)
 別に、大王の顔が醜いとかそんな話ではない。女から見れば、いい男の部類に入るし、なにごともなければ言い寄ってくる女も多いだろう。
 だが、大王に近付く女性はいない。以前、彼の父であるホムダワケ大王の妃となる予定だった女を、オオサザキノミコが奪い取ったことがあったが、その女性はオオサザキノミコのところに一年いて、生まれ故郷に逃げ帰ったとか。
 その女性曰く、オオサザキノミコは怖いらしい。
 手を上げるとか、そういうことではなく、存在そのものが怖いようだ。
 一度夜の相手をした女性や、オオサザキ大王の侍女だった女性は口をそろえて言う。
「傍に立っているだけで、重苦しくなり、背筋に寒気が走る」
 と。
 それあるかもしれない、とイワノヒメは思う。彼女も、初めて彼を見たとき、あの鋭い眼差しに睨まれて、まるで蛇に睨まれた蛙状態になってしまった。
 何度も体を重ねたいまでは恐怖を感じないが、初めての女性は恐れるかもしれない。

 

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