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迷い人に孫の手を<4>

   

 平坦な日常は、ほんの一筋、道を外れた所に変化点がある。
 織り成すは縁の話。出会いも縁。別れも縁。過去の回想と共に、一幕の語りを贈ります。

 迷い人に孫の手を、第四話。

 どうぞご賞味下さいませ。

○○○

「考えろ。お前は自分で考えなければ、前に進まんと理解しろ」
「……それはどういう?」
「考えろと言っている」

 トクさんが教師のような面持ちで言った。

○○○

 

 
「ふんっ」

 強い棒の一打が棒を打ち、互いを打ちつけた。徳田の一打を彼が受け、すかさず撃ち込まれる一打を、別の一打が受けた。手の平に強い衝撃が伝う。

「引きが弱いぞ、及川」
「先生が本気で打つからです」

 軽やかに身を翻して、初老の放つ一打を若者が受け流す。流動的に打ちこまれるのは型ではなく実践の一打で、それを受ける側も本気である。防具などなく、互いに打ち込み合う荒稽古は、道場の中に木が打ち合う音を奏でていた。

 かん、かかん。かん、かかん。

 それが子守唄だった。少女が覚えている唯一の音。彼女がとても大切にしている、数少ない、思い出の音。

○○○

「僕には『僕』がないんですよ」

 マッサージ店を後にした僕は、トクさんに連れられて、ショッピングモール一階にある甘味処『あずま屋膳』に着ていた。
 僕の身体は、トクさんに正されて軽くなっている。鞄を持つ手も軽く、スキップでもしそうな勢いだ。とはいえトクさんの後ろを歩いているので妙な行動は出来ず、そもそもスーツなので目立てない。トクさんはしばらく黙り、目的地へと突き進んでいった。

 そうして到着したのがこの『あずま屋膳』だ。店内は全体的にモダンな感じで、客層は主婦や家族連れが多い。甘味処というだけあって甘い物ばかりで、土曜日の昼前なのだから当然だろうか。昼ご飯に近い時間だけれど、ぜんざいを食べているので、昼食は時間をずらした方が良い。いざとなればトクさんと食事をと思うけれど、甘い物を食べているのでどうだろうか。
 京都の老舗のような店内を堪能しつつ、端っこで僕らは語り合っている。ちなみにこの店に入るのも初だが、トクさんと一緒なのでそれほど辛くはなかった。綺麗でとても居心地のよい店だった。

「空っぽなんです」

 そこで自分語りをしている、それが今である。

 店の人気メニューと言うあずま屋ぜんざいを注文し、一席陣取ったところで、白髪の老人にスーツ姿の男という一風変わった席が出来上がっていた。運ばれて来た渋いお茶を一口啜ったところで、トクさんは言った。「お前の今一番の悩みを言え」と。
 話はどうやら終わっていなかったらしい。僕はスーツの上着を脱ぎ椅子に掛けて、ワイシャツ姿になる。
 出来るだけ、トクさんとの差を消そうとした、それだけだが。

「だから僕は、僕を作りたいんです」
「トンチか? 子造りか?」
「あはは、違います。禅問答ですかね。違うな、ただの阿呆の呟きです」

 トクさんが偉い人に見えてきて、自分の気持ちが萎えていく。あまり多くを語って、否定されるのが辛い。トクさんは接骨医院の先生で、つまり医者で、棒術の先生だと言う。とても偉い人だ。だからもう愚痴のような事は言うのを止めようとして、押し黙る。このまま黙ってしまおうか。そう思う反面、ここで語らずに済ますのは意味がないと思った。
 
 トクさんは僕の話を聞くために、今ここに居てくれるのだ。

 

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