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ノンジャンル

迷い人に孫の手を<5>

   

 平坦な日常は、ほんの一筋、道を外れた所に変化点がある。
 彼は知っていた。彼は解っていた。老人と出会い、もうすでに出会っている人の、出会いを再確認した。出会ってからが縁ではない。

 想ってから、進む縁もある。そんな一つの物語。

 迷い人に孫の手を、第五話。

 どうぞご賞味下さいませ。

○○○

『柳瀬ぇ』

 ふいに受話器から声がした。聞いたことがない、震えた声だった。

『ありがとうなぁ』

 受話器の向こうから、泣いているかのような情けない声がした。

○○○

 

 
「例外なく、出会いには意味がある?」

 トクさんの深い言葉を聞きながら、僕は自分から見た課長を思い返していた。どことなく偉そうで態度も大きい反面、資料の訂正は細かく、気配りも出来る人だと、おおよその評価はしてある。トクさんの目が僕を見定めるように見つめてきて、むず痒い。

 たまに別の事を考えているような気がして、それは邪魔せず、今は自分の事を考える。上司の事を、考える。

「おおう。大概の事には意味がある。さりとて人と人の縁には、その時その瞬間の意味がある。意味のない縁などないと言っても良い」
「例外がない?」
「ああ。全てに意味があるんだよ」
「例えば、トクさんと僕のような、ですか?」
「それはそれじゃ。今話しておるところと切り離した方がいい」

 トクさんの言葉はなかなかに難しかった。僕が阿呆だからか、今一つぴんと来ない。ただ普通この話は、今のような唐突の出会いの事を言うものだと思う。しかしトクさんが語るのは、唐突ではない出会いの事だろう。
 たとえば日常の出会いとか。毎日会っている人との出会いか。

「お前の上司、自分の目からどう思う? お前の事だ、それに従うなら、何か感じるものがあるんじゃないのか?」
「僕は阿呆ですが?」
「そこに話を戻すな。逃げるから阿呆と言うんだ」

 感じるものと言われると困るけれど、確かに何も考えていない人とは思っていない。今日の訂正にしても、いきなり呼び出した事に不満がないわけではないけれど、この放置もどこか作為を感じていないわけではない。僕を苛めたいなら、他にもたくさん方法はあるのだ。
 あえてこのように待たせる意味。そうする課長の真意を、考えてみると不可解な部分が多い。複雑だった。

「そうですねぇ。トクさんは無能と言われていましたけど……」
「俺の意見も忘れろ。お前が見た、お前の知るそいつを言ってみろ」
「んー。あの人はたぶん、そうですね」

 トクさんに会った時、電話越しに、あの人は誰かと話をしていた。誰かが来たのだ。その時点で変だ。休日にだ。打ち合わせか、それ以外か。課長の予定を思い出してみても、来客の予定はなかったはずだから、内部の人だろう。あの人は名前を憶えるのが苦手だとして、昨日に企画書を確認してオーケーを出しておきながら、また確認して、おかしいと思ってダメ出しをしたのは、何故だ。

 しばらく黙り、目の前のぜんざいを食べる。甘さの中に塩の味がして、美味しい。甘過ぎず脳に糖分が行くような、清々しい気持ちと共に、何かが噛み合った。

「ああ、そうか。今週中に資料って事は、今日、打ち合わせをするって事か」
「ほう。休みの日も仕事か、そいつは」
「ええ。無能だとしても、休みに出て仕事をしているわけです。あの人は、部下の企画書を持って、休みの日に仕事を……」

 言いながら違和感の正体に気付いた。あの人は休日にもう一度見直したのだ。今週までと言われて作った、部下の企画書をだ。
 なぜ。どうして。それは今日、その企画を誰かに見せる為にだ。

 

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