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ミステリー・サスペンス・ハードボイルド

赤いルージュを拭って<後編>

   

 鑑定士・緋影はジュエリーを通して、お客の内なる心情を見透かしていく。その人が最良で向上できる人生を生き抜いていけるだけの創作した作品をその手で生み出す。
 緋影の真骨頂でもあるスキルを発揮するも、来更は自ら闇の中へ落ちようとする。そこへ、自覚なしのストーカー男が登場する。
 ひそかな思いを来更にぶつけようとするも、つりあいがとれないほどの普通の学生は、魅力のある来更を片思いするだけしかなかった。しかし、人は弱くなると誰かにすがりたいと思うもの。闇に落ちて魅力を失った来更を、それでも思って形振り構わず全力で救済に努める男気は、果たして成就するだろうか。
 緋影が鑑定士ならではの助言と協力をその若者にする。

 そして、来更を闇に落とした張本人の元彼に意外な形で復讐ができてしまうのだ。

 

 
 買い取り屋から出てくる赤いワンピースの女を物陰から見つめていた男がいた。
 水霧 来更の動向をその目で追っている。そして過ぎ去るまでその背後を見届けて、男の視線は買い取り店へむいた。

 髪の毛はボサボサで、グレーのパーカーと黒のダメージジーンズと茶色のブーツを履き、鋭い目つきで「SHADOW BRAIN・HIKAGE」の前に佇んだ。

 男は一瞬のためらいを払いのけるようにして足先をそろえる。だが、意を決して入店した。

「いらっしゃい」緋影はその男が入店と同時にあいさつをした。

 男は店内を見渡し、その泳ぐ視線が最後にむいたのは、緋影だった。

「よう、あんたさ」男は緋影にむかってつぶやくように突き刺すようにいった。

「はい」緋影は男の不気味な雰囲気とぶっきらぼうな口調に警戒心が込み上げた。

「聞きたいことあるんだけど」

 緋影は、今までいろいろなお客を見た。そんな質問のしてくるお客はこの店ではなかった。だが、この男にはなにかしろの訳があったからの問いなのだろう。と緋影はすぐに頭のなかで切り替えた。

「なんでしょう」

「さっきの赤いワンピースの女、この店でなにしてた?」

 緋影はその問いにすぐに理解できた。「お客様のプライバシーをお答えすることは…」

 流暢に話す緋影の、決まりきった返答にイラついたのか、途中でさえぎった。

「そんなんでこのまま帰れるかよ。なにをしにきてたのか、聞きたいんだ。先週もこの店にきていただろ」

 緋影は、驚愕した。先週も…、なぜこの男はしっているのか。見たところ、二十代前半。いや、学生なのではないか。ボサボサの頭とどこにでもあるような服装、おしゃれでもないその若者の恰好に、今ひとつ虚勢を張っているようで、緋影はこの男が犯罪者スレスレのところに立っているのが直感でわかった。

「あんた、あの女性と関わりが?」

「あぁ、そうだよ関わりがあるさ」

 緋影は、ほくそえんだ。

「なにがおかしい!」

「だって、あんた、ストーカーでしょ」

 男は驚愕したように目を見開いた。「なんで、なんでそんなふうに思うのか、意味わかんね…」たじろぎながら、否定するが、図星なのが一目瞭然だった。

「わかるよ、あれだけの女性だ」緋影はじょじょに男へゆっくりと近寄るように歩く。「若いきみには魅力を感じずにはいられないよな。スタイルもいい、あの真っ赤な唇をひとり占めしたいだろう」男の顔のそばで言い放つ。「わかるよ、若者よ」

 男はガクッとうなだれた。「そうだよ、彼女のすべてが知りたくて」

「それで、先週も後をつけていたから、この店に入ったのがわかったわけか」

「あぁ、まさか二週つづけてこの店にくるから、もしかして新しい男かとおもって、あんたみたいなイケメンみたら探りたくもなる」

「いやぁー、男からそういわれると…」

「わかってるさ、いいか、俺はたしかに彼女の、ストーカーだ」

 ズバリいったよ。認めたよこいつ、犯罪スレスレなのを自覚しての行為か。緋影は胸のうちで同情していた。

「いいか」ビシッと指先を緋影に突き刺す。「彼女の背後をつき回していいのは俺だけだ!」

 返す言葉がない。救いようのないバカな若者がいたものだと、緋影はどうすべきか、考えていた。そうだ、邪気を祓うのには、塩がいちばんだ。こういうとき非常識なお嬢様の麻衣がむやみで無邪気に塩をまいてくれればいいのに、と緋影はひそかに願っていた。その証拠に胸に飾られているウレキサイトの石を指でさすっていた。

 そこに水が飛んできた。男の顔めがけて勢いよくぶっかかった。「ぶぱっわー!」

「いたッ」麻衣が近くで転んでいた。小さな水桶が床にころがっている。飛び散った水もこぼれている。

 推察からすぐにわかることだ。麻衣の行動は単純だから。

「すいません、うちの助手がとんでもないことを」緋影はうろたえた。さすがにどんな輩でも、入店したらお客であるにはちがいはない。

「えぇ、いいよ、そんなの」麻衣は自分の仕出かしたことにケロッとしている。カエルのようだ。「なんか何日も着てそうな普段着って感じだし、きょうはそれで洗濯できるでしょ」

「おまえなぁー、来店の目的がなにかはわからなくてもお客なんだぞ。もしかしたら新規顧客になるかもしれないのに」緋影はめずらしく息巻く。さすがに非常識なご令嬢には肝を冷やす。
「あやまれ」

「えぇ、だってその人、ストーカーなんでしょ? この偶然の水かけも、天罰よ」

 肝だけではない。全身がびしょびしょになるくらい汗が出る。そして、冷凍庫に入れたように冷えてしまう。

「代わってお詫びいたします。申しわけありません」緋影は頭を下げた。

「もういいよ」小さくぼやく男。「自覚はしている。これも天罰だって」

「ほーら、よかったじゃない」

「黙ってろ、タオル持ってこい」

「お願いがあります」男はビショビショになりながら、頭を垂れる。

 緋影はその姿に固まった。この状況でなにを頼むことがあるのかと。

 

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