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迷い人に孫の手を<6>

   

 平坦な日常は、ほんの一筋、道を外れた所に変化点がある。
 彼の前に溢れでる初めての洪水は、蛇口をひねった水のように止まらない。一度流れだした水は、彼の中に流れ始めていた。彼と老人と、周囲が魅せる物語。

 迷い人に孫の手を、第六話。

 どうぞご賞味下さいませ。

○○○

「そうだな。カッツン君の友達の中によそ者が入ってきたら嫌だろう?」
「うん。気持ち悪いね」

 ぐさりと厳しい言葉に頭が痛くなる。トクさんが苦笑いをしている。僕は「じゃあ帰ろうか」と言おうとして、けれどカッツンの手が、気持ち悪いという他所物の僕の服を抓んでいる事に気付いて、押し止めた。
 この子はたぶん、そういう事を言いたいのではない。

「よそ者は気持ち悪い。だから、よそ者はダメ」

 僕をじっと見つめる目が、だからと、次の言葉を予想させた。

○○○

 

「柳瀬さんも、いっぱい食べて下さいね」

 楽しげに告げた及川秋穂の手には大皿があり、こんもりと盛られたコロッケが何段にも積み重なっていた。それらが丸いちゃぶ台の上にどんと置かれて、構えられた箸が一気に伸びて行く、そんな様を僕は眺めていた。
 何と言うか、あっという間に一段消えた。

「どうした、柳瀬。しっかり喰えよ」
「はい、いやそうですが……」

 時刻は夕方の七時を回っている。日は僕とトクさんが出会った、その日から一日と過ぎてはいない。ようするにその日の夜である。周囲の子供達と共に、僕は食事をしている。トクさんの家で、ご飯を頂いている。

「何で僕は、トクさんの家でご飯をごちそうになっているんでしょう?」
「何を言ってやがる。明日は休みだと言ったのはお前だろうが。今日も暇だと言ったのもお前だ」

 トクさんが高らかに笑い、僕は築何十年だとばかりの天井を眺めてみる。上司に会社の外をうろついていろと言われ、ショッピングモールを徘徊していたら、老人と言うには逞し過ぎるトクさんに会い、こうなった。

 まさか晩御飯をご馳走になるとは思っていなかったので予想外だ。昼間、一期一会の出会い、と思っていたのがそもそも間違いだったらしい。会社を出ると入り口の前でトクさんが待ち構えていたのは、さすがに驚いた。

『奇遇だな、柳瀬』
『ええ。偶然ですね』

 どこからどう見ても待ち伏せだった。そういえば仕事を終える時間も大よそだが言ってあった。もっとも現在が六時半なので、三十分近くも待たせたのだろうか。
 お互いに偶然を主張したので、それ以上は言わなかった。
 
「企画が通ったんだろう。祝いにゃ飯だ。酒も飲め」
「まだ途中ですから」

 机の上にあった企画書には付箋と、A4のメモが三枚ほど挟まっていた。その紙には企画書の訂正箇所と再検討部分と、課長からの一言が記されていた。よろしく頼む。それだけだったが、充分だった。
 妙に嬉しい気持ちになった。

「日本酒しかなくてごめんなさい。こらそこ、未成年がお酒なんか狙うな!」
「えー、いいじゃん一口くらい」
「秋穂のけちー」

 僕の前にお猪口を置いてくれた秋穂ちゃんが、周囲に居る男子たちを一喝している。マッサージ店に居た時とは雰囲気が違うが、秋穂ちゃんらしい気がした。姉御肌とでも言うのだろうか、とにかく頼もしい。
 この中のお母さん的存在なのだろう。そう思いながら周囲を見る。ちゃぶ台を囲んで男子が5人、それぞれに私服姿でご飯を食べていた。何人かは首にタオルを巻き、風呂上りのような雰囲気だ。
 とても賑やかで、どこか昔の下町的な雰囲気がここには在った。こんな場所があるんだなと、感嘆の吐息が漏れてしまう。

「柳瀬さん、そこの醤油取って」
「わかった……ってキヨヒコ君、これどっちが醤油?」
「ん、どっちも醤油。レン、コロッケ全部に醤油掛けんなよ、俺はソースがいいんだ」
「どっちでもいいじゃん」
「だーめーだー」

 レン君に醤油を渡すとコロッケの幾つかに醤油が掛けられ、キヨヒコ君が慌てて皿を下げた。もちろん皿の無くなった醤油が机に垂れて、秋穂の手が二人の頭を叩いた。「はしゃぐな!」と一喝、ぱしんといい音がした。箸で叩かれたらしいが、二人とも畳の上で悶えているので相当に痛そうだ。

「お前らもう少し落ち着いて喰いやがれ」
「子供に静かにしろとか、先生無茶言うね」
「うんうん。むりむり」

 トクさんの文句をスルーして、顔がそっくりの二人が笑いながらご飯を食べている。こちらは同じ服装なので、兄弟だとしても仲が良い。一人正座して黙々とご飯を食べている子供がちらりと僕を見てくるので、あえて見ないようにしておいた。

 

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