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夢で逢いましょう<3>こんにちわ赤ちゃん

   

 子供のいない家庭には明かりがない。(アラビアの諺)

 

 ホテルのそのフロアは《江戸・東京まつり》でにぎわっていた。
 縁日を模したコーナー、江戸工芸品の製作実演、ガマの油売りから落語まで、さまざまなイベントが行われている。
 中島寛子は、その人混みに身をゆだねていた。
 先ほど終わった結婚式の引き出物を部屋へ置くと、すぐに、ホテルのバーへ行ったのだ。
 そして、酔った。
 そのまま寝ればいいのだろうが、まだ、心が静まらない。
 それで、混雑する《江戸・東京まつり》のフロアを歩いているのであった。
 今日は、高校時代からの友人の結婚式であった。
 スイスから戻り、披露宴会場のホテルに泊まっているのである。
 このままホテルに数日滞在し、東京の支社で仕事をしなければならないのだ。
 中島寛子は、縁日のコーナーを見た。
 風船売りや金魚すくい、バナナのたたき売りから綿飴まで、なつかしい昭和の風景がある。
 多くの家族連れが、笑い声を上げている。
「私も、結婚しようかな……」
 友達の結婚式、というのは複雑なものである。
 仲のよい友達が結婚するのだから、もちろんのこと、うれしいことではある。
 だが、先を越されてしまった、という一抹の焦りがあるのも事実なのだ。
 友達仲間で、結婚していないのは、もう、中島寛子だけであった。
 中島寛子は、国際的な石油会社に勤めており、世界を股に掛けたビジネス社会を生きている。
 結婚よりも数百億ドルのビジネスの方がおもしろい、と思っていた。
 これまでは――。
 ビジネスで数百億ドルの失敗が出るとなると、話は別である。
 中島寛子は、失敗をした。
 その損失は数百億ドルとなる。
 明日からは、支社で対応策を考えるのだ。
 失敗額を出来るだけ抑えるため、打てる手はすべて打たなければならない。
 こうなると、弱気になる。
 もう、仕事をやめようかな、結婚しようかな、という気分なのだ。
 幸せな喧噪に包まれるフロアを、独りで歩いていく。
 江戸切り子を実演販売している。
 けっこう高価だ。
 だが、この金額なら、財布からすぐに出せる。
 財布に入らない、膨大な金額の電子的なマネーは見えない――。
 寄席を模した一角は黒山の人だかりがしている。
 爆笑の渦だ。
 明日からは、当分笑えないな――。
 あてどもなく歩く。
 ふと見ると、そこは占いコーナーであった。
 アラビア風の趣向を凝らした星占い、中国の雰囲気を出す四柱推命、などの小部屋が並んでいる。
 時代劇に出てくるような八卦見もある。
 そのいちばん隅に、《占い》とだけ書いてある、地味な小部屋があった。
 なんとなく中を覗くと、座っているのは、若い男であった。
 若い男では貫禄がなく、地味な舞台装置では客が来ないだろう、と中島寛子は思った。
 その男と眼が合った。
「どうぞ」
 中島寛子は、思わず中へ入った。

 

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