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ラブストーリー

BAD=CHILD 2

   

 神城 霧樹は貿易会社の社長の息子で後継者でもあるが、その立場から逃げ出した。
 ほんとうの自分がなにをしたいのか、まだ心や身体、精神が幼く、ゆとりのある時間のなかで育つことを本人は願っている。しかし、生まれもっての宿命に、個人ではなく会社の繁栄のためにその成長を強要されている霧樹だった。
 そこに野良猫のような年上の女との逃避行の旅に、霧樹は自由を得た気分になった。その女が縁ある場所を拠点としめざすことになった。海沿いの小屋は彼女の成長のほこらのようで、秘密の隠れ家のような場所に霧樹と二人で身を置く。
 霧樹は、”脳内キリキ”と呼ぶもう一人の自分と対話する。その存在は、まるで敵対する父そのものであることをしりながら、いつも夢みていた。いつかその呪縛から逃れ自由を得るためのイメージとの対決をしている。
 

 

 霧樹の父親は、都内で”神城貿易会社”社長、神城(かみじょう)そのひとであった。事業内容の主はサービス貿易をしている。物品のやりとりではなく、人と人が関わり対面する機会が多い分野でもあるがために、社員からの社長の印象としては血も涙もない仕事熱心でありながら冷徹な人間であると口々に噂するも、だれも社長を過小評価などしない。仕事に関しては鬼神の才を発揮しており、まるで未来の予想が見えているのではないかというほどの世界の金の流れを見極めていた。
 しかし、わが息子である霧樹の成長と感情の内在的な面は軽んじているようで、後継者にできるかどうか見極められていなかった。そのせいで、いつも苦言のような発言で息子を傷つけていた。
「お父さん」家出をした息子を気に病んでいる母親が呼びかける。「あの子、もどってこないですよ。もう二日も…」
 新聞で顔を隠している父。その表情や振る舞い、態度からどういう気持ちでいるかを確認したい母ではあるが、それができないでいた。
「しるか。あいつはみずから現実から逃げ出した。みずからの意思で後継者になる決意がない限り、もうもどってこなくていい」
「そんな冷たいことを、あの子はまだ14歳ですよ。あなただって似たところあったんじゃないですか」
 図星だとはわかっている父だが、それいじょうの反論は無意味といわんばかりに妻にむかって冷徹さを言い放つ。
「私と、あいつは環境がちがう。好条件でいられる霧樹は恵まれているのだ。それを逃げだすなんて軟弱もはなはだしいかぎりだ。私がどれだけ苦労してここまでの地位に達したか、あいつにはその厳しさをしらなさすぎる。だからいまからスパルタで教え込む必要がある…」
 母がそこで割ってはいる。「それは霧樹のためということですか」
 父は黙ってうなずく。「社会にでたらいずれわかること。あいつにとって、そのだいじな選択であれば自由にさせればいい。私は力ずくでその者を、残そうとは思わない。去りたければ去ればいい、と思っている。会社でもそういう新入社員は多くいた。おなじことだ。この程度の厳しさに耐えられないのなら、どんな苦しい場面に向き合ったとき、決断は逃げだすことしかないだろう。その癖がついてしまっては、もう手遅れだ。本人に決めさせなければならないときもある。年齢は関係ない」
 母は、そんな父の冷徹な物言いに押し黙った。それは、理解していた。わが子を思う不器用なまでの愛情表現だということを。
 いつか将来に役にたつ精神の強化。それを磨いていることを放棄した息子に嘆いているのは父だということを。
「わかりました」母はそこで肩を落とすが、微笑んでもいた。キッチンで小さな窓から青い空が覗く。見上げる母の瞳は、わが子を思う愛がこぼれる。「あの子、今頃、なにしてるかしら…」

 霧樹のことをだれも知らない神奈川県の西部方面にいた。
「もう疲れた。こんなにも歩いたことないな。今夜はこの辺で夜を過ごさないと…」
 家を飛び出してから、青い空が広がっていたが、さっきまでは赤く染まり、ついにグラデーションの黒一色へと塗りつぶす画家がいるのであれば、また青い空に塗り替えてもらいたい。と、霧樹は願っていた。
「どうする?」
 霧樹が実夏にたずねる。
「そうねぇ、お金あるなら、きみはカプセルホテルとか、もしくは漫画喫茶、カラオケ店とかでもいいんじゃない」
「そうか。そうだね。あ、でも会員証や身分証作るなら、なにも持っていない。学生証も通学するときのバッグに入ってる。いま所持しているのは財布だけだし…」携帯電話も持っていなかった。部屋のテーブルの上に置いたままだった。
 無計画な家出のため、準備できているものなんてなにもない。
「じゃぁ、しかたないな。その辺で夜をやり過ごそうよ。もともと私はそうするつもりだったし」実夏は、どうやら野宿が慣れているようだ。
「ぼくが身分証持っていたら、せめて漫画喫茶で夜を過ごせたのにね」
「あなたはね。私はいかないよ。その辺でいいの。店舗に入るのは遠慮するわ」
 思いもよらなかった。きょういちにちで、自動販売でのジュースや、昼食に小腹が空いたというので、コンビニエンスストアでパンを購入したが、これすべてを霧樹が奢っていた。なのに、雨風しのぐための夜通し野宿ですませようとする実夏の思考力に混乱していた。
「どうして?」
「いいのよ私は…、そこまで世話にはならないわ。カラオケ店なら、なんとかなるんじゃないの? 会員カードとかあれば、年齢偽ってもだいじょうぶよ」
「ダメだよ。たぶんバレそうだし…」
「そうよ。私だってそういうのに、巻き込まれるわけにはいかないの…」
「ミナツさん、ほんとうに訳ありなんだね」
 実夏は、そこで黙った。
 霧樹の優位は金銭的なものだけだ。でも、それはあくまで逃避のための資金。だが、実夏がいなければ、使い方すらわかっていないふがいない子どもであることを悟った。

 

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