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迷い人に孫の手を<7>

   

 老人は出会ってしまったと覚悟を決めた。
 彼は出会えたと喜んだ。二人は共に覚悟を決めた。委ねる覚悟を、受け止める決意を。

 縁が織り成す物語。

 迷い人に孫の手を、最終話。

 ご好評あれば、彼の縁が成す、秋穂ちゃんとの物語へと進ませて頂きます。しかしてまず、あるのは一つの、縁の話。彼らが魅せる、出会いの話。

 最終話。どうぞご賞味下さいませ。

○○○

「秋穂さんのご両親は?」
「うむ。居ない」

 トクさんの含みのある言い方に、僕は軽く違和感を覚えた。それはまるで、僕に何かを言わせようとしている様子だった。将棋の途中、いきなり沸いた話の、行方を探す。

「そうですか」
「聞くかね?」

 やはり、その先を聞けと、彼は言っている。秋穂ちゃんは今、入浴中だ。だからこそ、僕にその話を聞かせようとしている。トクさんは、真摯な瞳で僕を見ている。

「話そうか、今、ここで。お前に」

 それはまるで、聞いてはいけない事を開示しようかという、そんな提案だった。

○○○

 

「さて、これからどうするかね」
「何がですか」

 トクさんの家は平屋だった。敷地の反対側には二階建てのビルがあり、接骨医院となっているらしい。母屋と離れがあり、杖術道場があると説明を受けた。
 今僕らが居るのは、トクさんの部屋がある母屋の端だ。

 畳の敷かれた部屋から渡り廊下のような縁側があり、僕とトクさんは二人、そこに座布団を敷いて座って居る。二人の間には焼酎の赤黒島と、足の付いた将棋盤が置かれている。言わずもがな昼間の続きである。

 トクさんの指が駒を持ち上げ、前進する。僕はトクさんとの時間を楽しみながら、次の一手を長考する。かなり厳しい局面になっている。
 昼間はやはり手加減されていた。今はもちろん、僕の劣勢だ。

「棒術を習うか? それとも整体でも学んでみるか? お前になら何でも教えてやるぜ?」

 トクさんの申し出はものすごく魅力的に聞こえた。トクさんから何かを学べるという事は、それだけ一緒の時間を過ごせるというものだ。男の、初老の人を相手に変かもしれないけれど、僕は今、この人と一緒にいる時間をとても心地よいと感じていた。
 
 正直、彼女が居たとしても僕は、トクさんとの時間を優先しそうな勢いである。半日程度の付き合いだが、僕はこの人を深く知っているような気にすらなっている。

「トクさん、僕らは先生と弟子の関係はナシだと言ってましたよね」
「おう。そういえば言ったな」

 僕が駒を進めると、すぐにトクさんが駒を動かした。僕の歩が取られていくのを見送りながら、僕は次の一手、トクさんの一手を見ながら次を考える。空に浮かぶ満月は壮絶に綺麗で、徳野家の縁側はとても穏やかだった。ちゃぶ台を囲んで居た五人はそれぞれに帰宅し、今はトクさんと、たぶん秋穂ちゃんしか居ない。広い敷地の中、虫の鳴き声が僕らの時間をより鮮明に響かせていた。一手を、打つ。

「む、そう来たかい」

 今度はトクさんが軽く呻き、けれど笑んでいる。僕は目の前で顎を撫でながら今の時間を楽しむトクさんを見据えつつ、将棋を差す。そして静かに、これからの事を考えてみた。ただ思う言葉を、それが正しいかは抜きにして形として告げる。

「習えと言われれば正直、習うのも一手でしょう。僕はたぶん、トクさんを尊敬しています。数時間の出会いですが」
「縁は時間じゃねぇよ」
「ですよね。言われると思ってました」

 本当に心地よい時間だった。酒を舐めるように飲みながら、トクさんの一手に返しの一手を打ち、二人共に物に耽る。トクさんは急かさないし、僕も特に気にしていない。酒の肴のように将棋をしている状態である。夜の十時は過ぎている。

「わしらはたぶん、随分と前から、こうやって会う約束をしていたのよ。本人が知らなかっただけの事よ」
「今らならそう思います。上司の呼出も含めて、縁でしょう」

 トクさんが盃を空け、僕が徳利を傾ける。自然な流れは師弟のようで、友人のようだった。否、もうすでに友人か。

「俺は正直、お前のような奴を待っていた。こうして酒を飲みながら、月を眺めてのんびりと時間を過ごせる奴をな」

 僕もです。そんな気になっているが、あまり同調してもつまらないので頷くに留めておいた。犬の遠吠えが聞こえた。星が瞬いていた。

 

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