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ミステリー・サスペンス・ハードボイルド

自称天才数学者の推理記録 記録5 第3話

   

記録5《赤と黄色》

今回は、中編です。
その3。
タイトルの「黄色」は、信号では注意の色。
つまり、注意を促す危険な色なのです。

 

 
 17世紀、イギリスは、東インド会社を通じて、インドの植民地化を計画していた。
 国策である。
 インドへ行って、一旗揚げよう、と宣伝したのであった。
 冒険と一攫千金を狙うイギリス人たちは、続々とインドへ渡ってきた。
 彼らは、インド各地で略奪を繰り返した。
 東インド会社の嘱託である、陸軍大尉ジョン・ウイルスンも、そうした略奪者の1人であった。
 ウイルスン大尉は、インド南西部カルナータカ州の奥地へ入った。
 そして、山奥の断崖に禁断の寺院がある、との情報を得た。
 地元の人間は、恐れて近づかない寺院であった。
 悪魔を崇拝する邪教の寺院だ、というのである。
 だが、キリスト教徒であるウイルスン大尉には、ヒンズー教も邪教も、関係がなかった。
 彼は、ずかずかと寺院に侵入して、財宝を奪ったのである。
 いちばんの成果は、奇怪な像の瞳についていた、巨大なルビーであった。
 さらには、寺院の奥の間に置かれた黒檀の箱の中の、古文書の束も盗んだ。
 イギリス人というのは、古文書とか、そういう古いものが好きなのである。
 ウイルスン大尉は、イギリスに帰ると、その古文書を、製本した。
 そして、しかるべき大学の教授に、見せて、調べてもらったのである。
 その教授によると、これは『ラーマーヤナ』の抜粋ということであった。
 魔王ラーバナの活躍の部分だけを、まとめたものなのである。
 しかも、正伝ではない、異伝らしいのであった。
 教授は、詳しく調べたいので貸してもらえないか、と頼んだ。
 借り出してから1か月後、教授は、何者かに殺された。
 そして、本は消えていた。
 殺される数日前から、教授の家の周囲を、インド人が徘徊しているのが目撃された。
 ちなみに、ウイルスン大尉も、前後して亡くなっている。
 別に殺されたわけではない。
 原因不明の熱病に罹り、1週間苦しんだ後、死んだのであった。
 ウイルスン大尉は、あのルビーを売り払い、金持ちになっていた。
 だが、金持ちの生活を享受する前に死んでしまったのである。

 その後、件の本が、どういう転変をしたのか、定かではない。
 ともかくも、現在、小沼正治が所持しているのである。
 どうやって手に入れたのか。
 小沼正治は、その方法については、話さなかった。
 小沼正治は、声を低くして、大川六郎に言った。
「この本には、呪いがかかっているのです」
「ええ?」
 ウイルスン大尉は、寺院に侵入して、僧侶を皆殺しにした。
 僧侶たちは、殺される寸前、寺の事物すべてに、呪いをかけたのであった。
 正当な持ち主以外が事物を持てば、その者は不幸な死に見舞われるであろう――。
 こういうことなのである。
「でも、大丈夫です。呪いを遮断する方法を、私は知っていますから。呪いとは別に……」
 小沼正治は、笑いながら、続けた。
「呪いとは別に、この本には、魔王ラーバナの財宝のありかが書かれているのです」
 そのため、密かに翻訳したい、ということなのであった。
 もちろん、財宝の場所が、直接的に書いてあるわけではない。
 暗号になって、隠されているのである。
「ですから、文学的翻訳などは、必要ありません。直訳でいいです。特に……」
 特に、方角や距離は、そのまま正確に訳してほしい、というのである。
 報酬は、週給で、ほとんど1か月の給料に匹敵する額であった。
「しかし……、何でまた、私がサンスクリット語が出来ると、ご存じなのですか」
「あの、『インド仏像展』で、見かけまして」
「ああ、あれか」
 半年前、あるデパートで、『インド仏像展』が開かれた。
 その展覧会で、大川六郎は、講演を行ったのだ。
 講演を聞いていれば、大川六郎がサンスクリット語を知っていることは、分かったわけである。
「1か月前に、この本を手に入れて、それで、あなたのことを思い出しました」
「しかし、その本、どこから手に入れたのですか」
「それは秘密です」
「ひょっとして、この翻訳に関する一切の事は、他言してはならない、ということですかな」
「はい、報酬には、それも含まれます。どうです、やっていただけませんか」
「本に書かれた暗号が解けて、財宝が見つかったら、半分もらえますか?」
「それはまた別な話。先ず、暗号を解かなければならない。そしてその前に、翻訳して暗号を見つけなければならない」
「取らぬ狸の皮算用か……」
「先ずは翻訳です。やっていただけますか?」
 大川六郎は、引き受けることにした。
 フリーランスであるから、時間的な余裕はある。
「では、お願いします。明日からで、いいでしょうか」
「はい」

 

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