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ラブストーリー

BAD=CHILD 7

   

 第三部、唐突に突入。

 霧樹は夢かと思った淡い月夜のなか、それはたしかに実感していた。初恋のような心のざわめきと、その体感を実夏の肌から感じたのだ。
 思春期を卒業することが、いまの霧樹にはいちばんの課題となっている。それを果たしたとき、霧樹のなかでなにかが変化する。一度体感すると、どれだけ不慣れなことでも経験値となり、二度目はうまくいく。その成長が大人の精神と肉体を得ていくのだ。

 数日が過ぎて、二人の生活も社会と隔てた暮らしになっていた。しかし、徐々に暗雲が漂いはじめる。
 ついに見つかってしまうのだ。
 その監視網のなかにいることを霧樹はコンビニエンスストアで警官が父親の子どもの会話を耳にした。小屋にいる実夏に報告。すると、意外な手段でこのピンチを脱出しようと考えた。

 

 霧樹は、昨夜のことは夢だと思い込んだ。一瞬だった。唇を交わしたのは。女性の唇の感触は柔らいという印象が頭脳に記録された。
「イケー!」と”脳内キリキ”がエールを送っていたが、理性は吹っ飛んでしまわなかった。嫉妬した脳内キリキがブレーキでもかけていたのではないか? 霧樹は、実夏の腕枕で寝入ってしまった。まるで催眠術にでもかけられたように、その口づけは子どもを寝かしつける母親そのものの温もりのなかにいた。そんな感覚に浸ってしまった。
 霧樹は二日目の夜にして、ホームシックに陥っていたのを見抜いていた実夏だった。手荷物がない状況。金だけはなんとかなるが、いずれは底をつく。そのとき二人はどうなるか。暮らしというものを軽んじている家出少年は、過保護で贅沢な暮らしの家族であったことを痛感しているのも事実だった。すべて、両親の愛に包まれていたことを理解しようとパズルをはめている。完成させたくもないそのパズルを、あと数日で完成してしまうだろう。そのとき、その答えはひとつだけ導かれるようにでるだろう。帰宅の二文字が。

「恋はしたことある?」
 まだ逃走して間もないのに、そういうことをきくのはやっぱり女という生き物だからだろう。話題はかならず恋話だ。男は毛嫌いする話題だ。恋話を簡単にくちにする者は軽薄な人間だ。
 満月の照らす淡い光のなかで実夏は霧樹を少年としてみていない。その証拠に瞳は潤んでいた。
 霧樹はその女性の顔が、同級生の女の子とおなじくらいにみえてしまった。
「そのくらい…」間があく。「あるよ」少年はかみつくようにするどい口調で返した。「バカにしないでよ」動揺が顕著にあらわれていた。
 大人がきらい、女性がきらい、人生を語る人間がきらいな少年、それは自分を下目で見る眼光になにも言い返せないからだ。自分にはなにもできないからの突っぱねた感情の整理ができないでいた。
「どんな子なの」
 霧樹はこたえる。「かわいいよ、お姉さんとちがって」
 皮肉のことばは、少年より長く生きているものには効果はみせないのだ。笑って先へと流してしまう。
「つきあっているの?」
 少年はちがうといった。
「ふられたの?」
「うるさいな」少年は静かに反発し背をむけた。図星だった。
「そうやって他人から背をむけて相手のことをみないからよ」
 なにも言い返せない。そんな自分にイラつきが増す。唇をかみしめる表現が精いっぱいだった。静寂な時間が数分流れた。少年は目を見開き、心の動揺を沈めるのに必死だった。
 唐突に背中が震えた。なにかを感じた。はじめての感触に頭がパニックを起こしはじめた。
「なに?」
 すぐにわかった。わかっていた。感覚としては幼すぎて覚えていないと思う。母の温もりの優しさに似ている。でも思春期の今の自分にも想像力が見いだした。想像力と幼い記憶、それが結びつき理解を見いだした。
 そっと振り返ると彼女は裸だった。柔らかい胸が背中にあたっていた。
「なにしてるの」
 少年ははじめて体験する心の動揺に我を失いかけていた。なにをしたらいいのか、どうことばを発したらいいのか、なにもわからない。
 少年。
 今の彼女の前では少年すらない。赤子同然のように包まれる感嘆を覚えた。それはいまだに背中に流れている。母の温もり、またちがう。微妙な揺るぎがある。十センチ手を前にのばしたら、そのこたえは容易にえられる。
「私に任せなさい。いいのよ」
 なんで?
 少年は不器用にことばを発した。
「いいの、これで。私ときみはこうなるさだめ。こういう日がくるって私にはわかっていた。私はきみがほしいし、必要なの。きみは私を知りたがっている。実感はないかもしれない。でもきみの内面のなかでは私の幻影が色濃く象っているはず」
”ぼくのなかで、この女性をほしがっている?”、それは脳内キリキのことだろうか。霧樹自身わからない。一度だってなにも言い返せない自分を、客観的な十四歳のガキを見下ろしていた。好きな女の子に振られたことを忘れられないでいた。一緒にいると、一番の気持ちというものがうすれていくのをしばらく前からわかっていた。相手が相手なだけに素直になりきれなかった。反発だけが隆起してしまい、下半身の一部は毎夜突起していることにさいなまれていた。
 大人の女性なはずが、少年よりも子どもでわがままなひとだから。それでも自分の気持ちの変化には気づいていた。この家出、彼女は逃走、二人のトリップショーに少なからず生きている感覚を実感していた。
 人生そのものに、落胆していたが、彼女といるのは楽しくなっていた。表情にはあまり出ていないが、男と女という認識を感じていた。そういう視線を見ていた。
「この先どうなるかわからないのよ。私はいつ逮捕されるか、そうなったらきっと私とは離ればなれになるわ。いましかないの」
 少年は彼女の緩やかな体の線から目を離せなかった。シーツからは上半身が露になっている。少年の興味は、さっき背中で感じた胸の膨らみの柔らかさをこの手の中で実感することと、その下の、いや、下腹部のさらに下が月明かりが照らす青白い色合いが貧弱で、それでいて艶めかしいほどの誘惑に理性を崩されていくのがわかる。暗がりの濃さが増していく、彼女の胸の下の下はもっと暗い影がただよっている。少年の興味はそこだった。想像力が拡大していく。沈める心の動揺は爆発寸前だった。もう抑えきれない。抑制をかけることなどできない若さの勢いが少年にはある。落胆した人生感でも、その勢いは神が与えてくれた若さなのだ。

 

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