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ミステリー・サスペンス・ハードボイルド

8月のエンドロール 14

   

幸せな部屋に不幸せな少女が一人。マチヤ シオリは後遺症の謎の浮遊感に悩まされ、同居する後妻・海香とも上手くいっていない。
居所のないシオリは、ガレージを漁り、フィッシングナイフという力を見つけてしまう。力に魅入られたシオリは、自分を傷つけ、自分を取り戻そうとする。
『ナイフと常識』配信

 

ナイフと常識

『じゃあ、あたしがタイゾウに連絡してから折り返し電話するね』
「うん、分かった。待ってる。それじゃあ」
 電話を切ると、シオリは小さなテーブルの上にぐったりと突っ伏した。退院して間もなくの身体に少々辛かった緊張がとけて、胸がへこむほど大きく溜息をつく。そのままずるすると滑り落ちると、ポップなひよこが描かれたカーペットの上に仰向けに寝転がった。天井からつり下がったハートとしずくのオーナメントが冷房の風に揺らめいて、七色の光をカーペットに反射している。
 最新型のエアコンが完備された日当たりのいい九畳の部屋は、これから生まれてくる町家家の子どものためのものだった。部屋の隅には、ベビーベッドや日よけのついたバギー、洋服の入った衣装ケースが山と積まれている。
 そんな愛らしい部屋のなか、真新しい布団がでんと真ん中に鎮座していた。布団の周りに散乱する数少ない洋服やメイク道具。リップクリームは蓋が外れて部屋の隅に転がっている。この家に急きょ引っ越してきた、シオリの持ち物だった。
 子供部屋はさすがにまずいだろうとシオリは思ったが、後妻の海香はひとつ溜息をついただけで「仕方ないわね。二階、片付いてないから」とあっさり了承した。
 案内された二階には海香の言うとおり、子ども部屋の他にもあるのだが、狭いし、物置として使用されていて荷物整理が出来ていない。当面の間、シオリは腹違いの弟か妹の部屋を占領することになった。
 シオリは、部屋に入って目を見張った。
 部屋の主は、産まれる前から愛されているのだ。
 きっと世の中の大半の親というのは、こういう感じなのだろう。
 ろくに愛されたことのないシオリには、分からない感覚だった。
 子どもは可愛いと思うし、欲しいと思う。ただ今後一緒に住む半分だけ血の繋がった弟妹というのは、シオリの理解を超えていた。
「…………」
 オーナメントの光を目で追いながら、自分の腹を撫でた。暴行によって受けた傷はおおよそ回復したが、生理が来ない。妊娠の可能性はないと言われたが、念のため薬を飲んでいる。それとは別に、自分の身体が、少し、浮かび上がっているように感じる。
 脇を抱えられて抱きかかえられる瞬間の、あのふわっと浮きあがる感じが常にするのだ。シオリの感覚で言うと爪先が、ようやく地面にひっかかっている案配で、重力がないのと同じような感じだった。ちゃんと地に足をつけないと、と思うのに、そう思えば思うほど、ふわふわと身軽になってしまう。
 診察する医師に告げると、電子カルテに書き込みながら「暴行事件の後遺症ですね」と辛そうに言われた。医師曰く、心が衝撃を受けないように守っているらしい。ただ、シオリの話を聞いた医師は、軽いものらしいと判断し、かならず治ると元気づけられた。その〝かならず〟がいつであるのか、医師は教えてくれなかったが。

 

-ミステリー・サスペンス・ハードボイルド


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