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歴史・時代

薔薇と毒薬 エピローグ

   

「これからはずっと、僕が心配する。だから元気でいてほしい」
 そう言われただけで、目の端に涙がにじむ。その雫をノイッシュが指でそっと拭い、それからマリエットの髪を撫でた。

 

 城下町にあるセレスタン公爵家の離邸に、ノイッシュとマリエットが身を落ち着けた数日後、ファレーナ王家のスキャンダルが世間を賑わせた。
 イングリット妃がヨルン王子のために企てた、ノイッシュ暗殺のたくらみがすべて明るみに出て、彼らは宮廷内での地位を失い、王宮から追放されることとなった。
 マリエットは、セレスタン家に秘蔵されていた解毒剤のおかげで毒からは解放されたが、すべてが終わって気が抜けたのと、それまでの無理もたたったのだろう、熱を出して伏せってしまっていた。その看病に、ファナが精を出している。
 離邸の応接間で、ノイッシュと向かい合って座り、グラスにブランデーを注ぎながら、エーベルが言った。
「……言っておくが、俺はあのオルゴールを完全にゆるしたわけじゃないからな」
「マリエット、だ、エーベル」
 ノイッシュが訂正するが、エーベルはふんと鼻を鳴らしただけだった。そんなエーベルに、ノイッシュはわざとらしく恨めしげな声を出した。
「そうか。エーベルは僕の恋路を応援してくれないのか。友達甲斐のないやつだ」
「何が恋路だ」
「だけどこの想いが、一朝一夕のものじゃないってことは、エーベルだって知っているだろう。僕が昔からずっと話していた、唯一の歌姫に会えたんだ。こんな偶然はそうはない、運命的な話だと思わないか?」
 そうノイッシュが言うと、エーベルが大仰にためいきをついた。
「……確かに、奇跡的なことだっていうのは認めるさ。だがここまでの経緯を考えれば、即座に気を許すってわけにはいかない。脳天気で平和なおまえと違って、こちらにはその王子様を守護する役目がある」
 エーベルの皮肉に、ノイッシュは苦笑した。
「頼もしいな」
「ただまあ、彼女のことは責任を持って面倒を見る。それは信用していい」
「当然だ、信頼してるさ」
 それからしばらくふたりは、黙ってグラスを傾けた。その沈黙を破ったのは、ノイッシュだった。
「エーベル」
「何だ」
「……将来もし僕が、裏ギルドと契約を結んだことで、この国に害を及ぼすようなことになったら、君が僕を殺してくれ」
 そうノイッシュが言うと、不機嫌さも顕わに、エーベルがノイッシュを睨んだ。
「そんなことになれば、俺は彼女を赦せないだろう。君を殺し、返す刃で彼女も殺す」
「エーベル」
 ノイッシュの抑えた声が、咎めるような響きを持ち、エーベルの言葉を止めた。しばらく複雑に視線が絡み合ったあと、エーベルが軽くためいきをつく。
「それが嫌なら最善を尽くしてなんとかしろ。惚れた女も、その女のために望んだ国も、どちらも護れ」
「……努力するよ」

 

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