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ノンジャンル

モノクロビオラ 序章

   

生きることも死ぬことも諦めてしまった。そんな彼が高校の卒業式を終えた日、悪夢に幾度となく登場する踏み切りの前に立った。

彼はその踏み切りで、電車に轢かれて死ぬものだと、悪夢が正夢になるものだと思っていた。

そんな彼の前に現れたのは、一人の可憐な女性。

しかし彼女もまた、色を失った世界で生きていた――。

これは、線路沿いに咲いたビオラが、モノクロの世界を生きる物語――。

 

 あんまり生きたくない。それはかなり中途半端な感情だった。いや、感情と表現するのもおこがましいほどに、くだらないものだった。
 自殺願望なんて抱いたこともないし、その逆、人生を謳歌したいなんて思ったこともない。ただただ無意味に呼吸をして、身体を動かして、人と関わってきた。溜め息ばかりをついてきた。そうして、この想いをひとつの言葉にせずにはいられなかったのだ。言葉にしなければ、僕は狂っていたかもしれない。灰色の世界を生きる人間には考える義務が与えられる。無駄に思い悩む義務が課せられる。
 灰色の世界だからこそ、僕は無理矢理言葉をつけてやった。
 二度目になるが、やはりもう一度言っておこう。この言葉こそが最重要であり、物語の根幹になってゆくからである。
 この言葉を、何度も振り返ることになるからである。
 僕は、あんまり生きたくないのだ。

 今日は高校の卒業式だった。学校を卒業することの何が悲しいのか、卒業生たちは涙を流し、抱き合い、別れを惜しんでいた。まるで死んでしまう直前に猶予としての時間が与えられたみたいだ、そう思った。
 卒業することも死ぬことも、終わるという意味では全く共通だ。その前提があるから、僕は嫌悪感を抱かずにはいられない。涙の裏側で、その涙を誇らしげに思っている彼ら彼女らが、全く重みのない涙を流す彼ら彼女らが、のうのうと幸せになっていくことが信じられない。許諾できない。
 ――さて、なんだか危なっかしい戯言はここまで。考える価値のないことは考えない。
 一応卒業生の一人である僕は、いつもとは少し変わった空気を楽しんでいなかったわけではないし、別段イライラする必要も、思ってみればそんなものはないはずだ。そんな無意味な感情にとらわれなければならない義務なんて、それこそあってはならない。
 そんな理不尽はもうごめんである。
 ――区切り。
 突然、そんな単語が僕の脳内をよぎった。
 卒業式という日、学校近くの――目の前の踏み切り。
 区切るには調度良い日なのではないかと、ふとそんなことを思いつく。
 いつもはこの踏み切りを渡るのが怖かった。左右をしつこく確認しても、やはりその恐怖は消えなかった。だからいつも迂回をする。コンクリートに隔てられ、線路の見えないトンネルまで迂回する。
 少なくとも、そのトンネルをくぐっている間は、区切られる可能性はないからだ。
 それでも今日は、なぜか線路の前に、僕は立っている。
 もちろん、今日が特別な日だなんて思っていない。そんなはずはない。卒業式であろうとどんな記念日であろうと、今日だって灰色で、意味のない世界が広がっているだけだ。
「君、なんでこんなところで止まってるの? 電車、今来てないよ?」
 じゃあなぜ、僕はここに来た?
「大丈夫? 体調悪いとか?」
 いつも僕を揺り起こす悪夢。
「おーい。聞こえてるー?」
 踏み切りで電車に轢かれて死ぬという見飽きた悪夢。
「はぁ、最近の若者って何を考えてるのやら――」
「……死ぬんです」
「え?」
「ここを渡ると、僕は恐らく死んでしまうんです」
 どうしても、その悪夢は正夢になるとしか思えなかった。あんなに鮮明で、くっきりとした夢は、それ以外に見たことがなかったから。
「それってどういうこと? トラウマでもあるの?」
 質問の多い人だな。やっぱり、初対面の人とは無理に会話するべきじゃない。生まれるのは後悔だけ。時間の浪費だ。
「いえ……そういうわけではないんですが……」
 正夢になるのが怖い、なんて言えるはずもなく、僕はうつむきがちにその場を去ろうとする。僕に話しかけてきたその女性は、それでも、まだこちら側を向いているのがわかったので最後に一言だけ残しておくことにした。
 頭にはてなマークを浮かべ、首を傾げている彼女に、そっと一言だけ――
「ただあんまり行きたくないんです。線路の向こうに」
 正確には、行ける気がしない。
 生きて行ける気がしない。
 もちろんそんなことを初対面の女性に言ったって、理解してもらえるはずもないだろうし、頭のおかしい人だと思われるのもごめんだ。
 正常であることを放棄してはいけない。異常を自覚してはいけない。
 そうやって生きていくしか、生きていく方法がないのだから。

 

-ノンジャンル


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