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ラブストーリー

なりあがる! 2

   

 冠木豪邸に着いた馬駒は、都内で小型の動物園がある屋敷へたどり着いた。ご令嬢は、馬駒を彼氏に、ではなくペットとして飼うつもりかと察する。
”心に宿る皮肉な妖精、貴公子マゴマ”は不満を抱いた。
 猫以下の扱いで働くことに、どうやって自意識を保てばいいのか。自問自答をする暇もなく、マナー講座がはじまる。
 まずは身だしなみ。講師は同乗していた筋肉隆々の男だった。だが、これまで社会人としてマナーは習得していた。それなりに礼儀や会社のマナー、ルールは守ってきた馬駒に不必要だと思い、自力で学習しながら執事の振る舞いを伝授される。
 とかく執事は身だしなみから印象が決まる。そこでここでの執事のモチーフをそれぞれが自分の由来や趣味趣向から決めていた。
 馬駒はどうするか、スマートフォンのネットで検索する。そこで出てきたのは、”白薔薇の貴公子”という執事だ。まだ若いのに有名で、一流の執事らしい。仕えている雇用主の傾いた事業を立て直すことに助力した功労者である。
 そこから雑誌やテレビでも出るほどの有名な執事だった。だが、その雇用主はあまり良くない噂を聞くと教えられた。
 馬駒はスマートフォンの画面に記されている名をみた。それは「兼松財閥」と。

 

 馬駒の自宅は練馬区石神井町内にある。西部池袋線の石神井公園が最寄り駅だ。築三十年の四階建てのマンションではあるが、もう古臭い感じの建物だ。四階ならまだしも、一階で日当たりもよくない、室内も劣化の様子がある。リフォームをしたとはいえ、日常の劣化は年月に比例して垣間見える。清掃していたとはいえ、自然の衰えは人間が歳をとるのと同じである。
 馬駒は、東京の大学に入学を果たし、上京してからずっとこの部屋を拠点として暮らしている。逆をいえばほかの町をしらない。思い出は詰まっている。長い年月で好みも変化して室内はどんどんアグレッシブな部屋へと染まっていった。住み始めたころはテーブルは冬も兼用できるこたつ、ブラウン管のテレビ、冷蔵庫、洗濯機、電子レンジ、MACのデスクトップ型パソコン。本棚、衣裳ケース、折りたたみベッド、絨毯、が室内に入ると目立つが、普通の一人暮らしの光景だろう。しかし、アルバイトで得ていた月6~7万円程度の小遣いではなく、社会人にもなると、まとまった金が入るとその趣味趣向が一変する。月収はこれまでの三~四倍にもなれば、いろいろ様変わりして、理想を追求するようになる。文房具会社に勤めていることで、自身にも影響が現れる。センスを磨くのは私生活にもそれが見えないといけない。これが当時からの職場の部署の方針と教示でもあった。そこからファッションやアンティークをこだわるようになった。その教えと追求に純粋にむきあうことで、馬駒は才能を発揮しはじめていた。企画開発部のエースのひとりとしてその地位に置いていた。順風万帆な社会人生活。おそらくこれまで自身が生かされている環境はなかったほど生き生きしていただろう。

 馬駒はずっと練馬区住民でもある。そして会社員とはいえ、先輩、後輩、上司、という敬称は社会人としてのルールとして学んできたマナーだろう。それがまさか、冠木のご令嬢を”かなめお譲様”と呼ばなければならない状況に困惑していた。雇われたとはちがい、なんとなく執事という立場は、雇い主に飼われているような感覚に陥ったのは自己暗示にでもかかったのだろうか。執事という職をそういう視点でみている。ベンツを走らせているのは運転手だが、左側にいるのはおそらくボディーガード。けっきょく”どちらも執事”なのだろうと馬駒は認識していた。こいつらはぜったいに”かなめお嬢様”と呼称しているにちがいない。
 馬駒が乗り込んでからベンツを走らせて、ほんの二十分が経過したところで到着したのが練馬区の端あたりだった。もうひとつさきに道路があるが、そのあたりから武蔵野市にはいる。いわゆる都内で住みたいランキング一位の吉祥寺だ。
「吉祥寺ではないんだな」
 お嬢様は、ぷすっと頬を膨らませた。同じ練馬区内に住民であることにちょっとした格差があるのだ、と自覚している。身分を罵られたかのように憤慨しているのだろう。つまり同じ練馬区民であることは、馬駒と冠木文具の社長ご令嬢の自宅というのは、同じ区民であるということで、敷居も同じということになる。
 馬駒の”心に宿る皮肉な妖精、貴公子マゴマ”、が鼻で笑っていた。
 ”心に宿る皮肉な妖精、貴公子マゴマ”とは、名前に貴公(たかおみ)を貴公子(きこうし)とあだ名で呼ばれていた幼少の頃のあだ名だった。じっさい女子からモテていた。きれいな顔立ちが、そう呼称されるようになり、いがいな美形男子として幼少から高校までそう呼ばれ、地元では有名は美男子だった。大学の頃からはだれもそう呼ぶものはいないが、幼少のころの印象を植えつけられてしまい、馬駒の心のなかにだけ住みついて、心の具現としてたまに対話をしていた。
”かぶき、って名前から、かってに台東区の浅草あたりに幅をきかせているかと思った”。と貴公子マゴマは笑いながら嘲笑していた。
「そうね。たしかにそうね」お嬢様がご立腹な訴えを漏らす。「まったく、なんでもう少しむこうにしなかったのかしら。西武新宿線と総武線の間を住居にするなんて、お父様もセレブ感の鈍いひとだこと」
 馬駒は辛らつなことばを平然とくちにするのだなと、もしかするとわがままでドS嬢なのかもしれない。
 心に宿る”皮肉な妖精、貴公子マゴマ”は身震いをして内に隠れこんだ。
 きっと猫のように扱われるのが眼に見えている。小動物について、お嬢さんはどのような見方をするのだろうか。おそらくそれとおなじ扱いをされる覚悟を持っていないといけない。と馬駒は眼光を見開き威嚇するかのように牙を剥け光らせた。
「なによ!」お嬢様のご機嫌には制限などない。蹴飛ばされるだけだ。
「いえ、べつに…、ペット飼ってますか?」
 唐突に尋ねた。とうぜん、危惧することだから、尋ねざるをえなかった。ペット扱いが馬駒や執事扱いだと見解の見通しをつけた。
「どうだったかしら、わからないわ。犬はギャンギャン吠えてるのが聴こえるけど…、なんで気になるの?」
「え、ただ、おれは猫が好きだなと思って…ペットなにかいるのかなと、世話とかするのがもし獰猛な獣とか飼ってたら対処しきれないと思って…」
「獰猛? たとえば?」
「虎や鰐とか」
 お嬢様は甲高く笑った。「さすがにいないわよ、ねぇー」お嬢さんは運転手に向けて言葉を発した。
「うちにはなにかペットっていたっけ?」
 運転手は、慎ましくこたえる。「はい。それなりに、おります。種類は、鳥類、哺乳類、爬虫類もおります…」

 

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