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ラブストーリー

なりあがる! 3

   

 執事は自分たちに誇りを持っている。だが、ほんらい自己主張などあまりしないものだが、自分のイメージや象りのようにモチーフを形にして衣装に施すのだ。
 馬駒が選んだのが、”チェス”だ。馬の駒、それはナイトを意味する。それが一番自分らしさになる。とひらめいた。
 見栄えだけは一人前になったところで、ほかの執事たちにもご挨拶をする。どんなときでもクールでカッコつけているのが執事といわんばかりに、新人を快く歓迎などしない。むしろ、自分たちの職務をまっとうすることだけに、存在価値がある。仕事に集中している。仲間でありながらほかの執事の行動など興味をもたない。与えられた任務を遂行する。機械的な、だが雇用主の一家を守るためならその身を惜しまないという覚悟が、それぞれの心に宿っている。
 躾役の城谷は、そう教示する。

 これから馬駒の目で見る世界は、一般社会人では見たこともない、そんな世界を体験、体感することになる。たとえどんな雑用だったとしても、なにひとつとっても上流階級の家のなかでは、無職だった男も一皮剥けていく。

 

 馬駒は、いろいろ考えて検索してみて、やっとたどり着いた。いちばん自分に適したモチーフ。そして、城谷に確認した。ダブっている執事のモチーフがいないかと。
「いいんじゃないか。それで。なかなかいい発想だ」
 自分のアイデアが認められるのは、企画開発でもあった喜びだった。同じ歓喜を得られる仕事がここにはあるのかもしれない。そう直感した。

 馬駒は自分の名にすべてなぞらえて取り入れられるものにした。
”チェス”だ。馬、駒、貴公ということでポーン、ナイト、ビショップ、ルーク、といったアンティークとしてもよく知られている。モチーフにするのはセンスもいいということをはじめて自分の名前に誇りを持った。
 ベルトのバックルを白黒のチェック盤にし、胸のバッチは馬のナイト、ポーン、ビショップ、ルークの駒を折り重なるようにシルバーのバッチをみつけ飾った。
 城谷はよく、それだけの品がみつかったな、と驚いていたが馬駒自身も驚いていた。これでインパクトのあるモチーフから連想できる名をみつけることができた。ちょっとだけ前進している。

 執事の一日の主だった仕事は、それほど気取ったものではない。雑用に近い仕事ばかりだ。
 清掃、事務、家族のスケジュール、お客様の訪問スケジュール、軽食時の和、洋菓子類。インテリアの維持や電話対応。もちろん、小型の動物園の飼育。担当飼育係りの指導の下、執事が世話を担っている。料理は給仕係りのコックがいる。だが、これもコック料理長が指導しながら執事が手伝わなければならない。花壇に手入れや、備品の数々、そして値打ちのある高級品の数々、財産保有となるためその管理は重要視されている。
 だが、執事として一番重要なのは、一歩外に出た場合だ。粗相のないよう言葉、姿勢、態度、服装、礼儀を徹底され完璧に執事としてマナーを遵守するよう義務化されていた。これをひとつでも怠り、目に余るような印象をもたれた場合、その家柄の内面が透けてみえてしまうことがある。たとえそうでないにしても、すぐに噂が尾ひれとなってどんどん広まっていく。まるで、ツイッターのツイートしたが最後のように、それは止められない。誤解は本人が、それ相応に公然として謝罪するなりしないと歯止めはきかないのだ。これが上流階級の致命傷といってもいい。だから、他者から指摘されないように振る舞えるのが一流の執事といえよう。それが、目立たない存在であろうとも、備え付けの漬物のようだったとしても、それは花となる。
 お客様が訪問されても、これは同様といえる。
「気を張り、気をつけることだ」
 城谷は、座学を新入りに教鞭していた。
「わかりましたよ」
 眠くてしかたがない。こんなどうでもいい座学をどうして受講しなければならないのか。すでにどれもこれも社会人としてマナー講座と大差ないことばかりだった。
「理解し、身についていたとしても、貴様はまだまだ未熟だとしることだ。チェス」
「チェス? なんだその呼び名は」
 城谷はとんでもないあだ名をつけやがった。
「モチーフにしている呼び名をあだ名として呼称する場合もある。わたしはよくそうするようにしている。新入りはモチーフでしか呼ばれない、と理解したまえ」
 馬駒は理解した。
「名前すら呼んでもらえないということか」
「”いうことか”ではないだろ。”名前も呼んでいただけないということですね”が正解だ。もっともそんな反論をいちいち反芻するな。執事はなにをいわれても”かしこまりました”だ」
 城谷は胸に平手を添えて軽くおじきをした。
「これが自然と身につき行動できるようにすることだ」
「わかりま…、いえ、かしこまりました」
 立ち上がり、胸に平手を添えて軽くおじきをしてみせた。真似することぐらい容易い。はやくこの仕事を慣れてしまったほうが自由がきいて好き勝手に動けるではないか。と馬駒は考えた。
「とにかく、いまは訓練あるのみ」
 指を立ててニヤリと笑う城谷だ。ちなみに牛をモチーフにしているこの大男をだれも”牛にちなんだ愛称”で呼んだりはしないようだ。

 そのあとは料理を運ぶとき、テーブルに皿を並べる順番や並べ方、フォーク、ナイフ、スプーンの置き方と順番、ナプキンの折り方と置き方、グラスやコップなども同様に、テーブルの上は清潔と見た目、そして秩序と掟が存在している、もはや人間社会と同じ図式がこのテーブルの上にはあることを悟った。
「この、わずらわしさが人間そのものを見ているようじゃん」
 馬駒は小さくつぶやいた。
「ご家族や、お客様にご不満がないようしっかりと気を使うのだ。ちょっとした気の緩みがえらいことになる。取り返しのつかないほどのミスに発展する。それは企業の取り引きにも影響する。われわれが解雇になる可能性もある。あるいは…、まぁいろいろそれ相応に罰があるってことだ」
「城谷さんはここ、長いの?」
 馬駒が敬語を使えていないことに無言でにらむ城谷。
「ですか?」
「長いよ。十数年だな。だからいろいろと優秀な執事がここにきたが、ちょっとした緩みで去っていったものがいた。だから、貴様も職務中は気を緩めずにな」
「はい。わかりました」
 馬駒には自信があった。気を緩めたことは仕事のとき一度たりともない。類まれな集中力を持っていた。訓練中のいまは学習のため、私語を慎むことはせずに積極的に質問をしていた。ひとつひとつをクリアするために、短期間でほかの執事たちに引けをとらないために。馬駒が会社で勤めていたときエースと呼ばれていたのは、やはりその集中力と学習力の速さだった。頭のなかで設計図を組み立て完成させるためのプロットを書き込んでいく。データがそろえばあとは穴埋めのパズルを完成させるだけ。そのパーツをいまは、”牛さん”からご教授をうけている。
「軽いよ、こんな仕事」
 舐めているわけではない。それだけの経験値がすでに備わっている馬駒の仕事熱心な精神が勝っていただけのこと。

 

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