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夢で逢いましょう<5>しあわせ檜

   

 檜には、二メートルほどしか育たないものが生まれることがある。突然変異なのだが、原因は不明。珍しくて、手頃な大きさのため、通称《しあわせ檜》と呼ばれることがある。(真木野植物辞典)

 

 北山仁美は、小学校の頃、大きくなったら冒険家になりたい、と考えていた。
 砂漠の果てにある青銅の城を見つけ、魔神が守る財宝を手に入れる、というような空想をする。
 テレビで、夏の日に満員電車で通勤する人々を見れば、ああいう平凡な日常に埋もれたくない、と思うのだった。
 もちろん、《平凡な日常に埋もれる》という語句を知っていたわけではないが――。
 そんな頃、北山仁美は夢を見た。
 人跡の絶えた砂漠を歩いているのだ。
 暑い。
 疲労の極致だ。
 超有名な女流冒険家(!)もついに最後か、と覚悟したとき、辺りは草地となる。
 草地の先には二メートルほどの檜が、一本だけ、立っている。
 こんな夢である。
 それから、度々、この夢を見るようになった。
 高校生になり、北山仁美は、映画を作りたいな、と思った。
 主人公が世界中を駆けめぐり、悪人と古代の秘宝を争奪するのだ。
 脚本も自分で書こう。
 北山仁美は、文章を書く練習を始めた。
 そして、《都忘れ》という花の名を知った。
 きれいな名前ね、と思った。
 また、《忘れな草をあなたに》という歌も知った。
 なにがなし、女の幸せに思いを馳せた。
 この頃もまだ、檜が立っている夢を見ることがあった。
 そうだ、あの檜は《しあわせ檜》なのだ、と信じた。
 大学生になると、大学生活を楽しんだ。
 そして、就職。
 毎日、満員電車で都心まで通勤するのだ。
 会社では、コピーを作り、外国為替の数字に注意し、キーボードを打ち続ける。
 会社が引けると、ショッピング。
 ある日、ふと気が付くと、そこは赤ちゃん用品のコーナーであった。
 その時、結婚することを決意した。
 幸い、会社の先輩で想いを寄せてくれる人がいる。
 社会常識通りの手続きを踏み、結婚式を挙げた。
 その夜。
 自分の中がきっちりと充たされたとき、しあわせ檜の意味が分かった。

 

≪おわり≫

 

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