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ラブストーリー

なりあがる! 5

   

 早朝業務は新人にとってなにをしていいかわからない。だが、正門にむかい清掃をしようと思った馬駒は、そこで神永がサボっているのをみつける。
 神永にとって仕事とは? とたずねる。仕事はサボっていいものではない。と馬駒は人生の先輩としてたしなめるが、神永はここでの仕事は最終的に誰かが気づいてやってさえいれば自分がやる必要はない、とクズ発言をする。なにをいっても耳をかさないこの若造に、馬駒は残念に思う。
 モチーフをクロスにしている由来などをきく。すると自分でつけたのではないという。
「だれが?」とモチーフを与えたのかをきくと、ナンバーワン執事だという。
 馬駒はその執事の特徴をというよりモチーフを神永がいったときに、記憶のどこかで覚えがあった。それはこの冠木家に来てからではない。以前勤めていた会社内で見た記憶だった。

 外車の左運転の受講とマナーを丹原から教授される。この丹原がまさか従業員を管理する事務長だと知り驚愕。最初にここにつれてこられたときの運転手だ。そのときから採用試験ははじまっていたのだろう。

 仕事をはじめると、人と関わりあうことが多くなる。老婆の家政婦が庭園を手入れをしていたが、口うるさく、どこか見下されているような気さえある。だが、ひと言、手伝う、というと機嫌が良くなる。
 丹原はこの老婆についておおくは語らなかったが、すでに馬駒が庭園の手入れの受講をすましたときかされ、一人落胆していた。馬駒は独り作業に喜悦している。

 近々パーティーがある。そこで急遽、馬駒は執事としてのクオリティーを高めるため、パーティー用の特別受講を徹底することになる。
 ついに”執事デビュー”の日がくる、そう思うと背筋から震えていた。

 

 早朝の業務とはいっても、それぞれが単独で行動をとっている。協調性もなにもあったものではない。親切心もない。新人を相手にする先輩方はだれもいない。メイドの真白は朝から不機嫌そうな顔して、向こうにいけ、と手のひらであしらっていた。晩餐とちがって、冠木ファミリーのそれぞれの部屋へ向かって起こし、そして朝食を運ぶ。衣服や身の回りの世話に追われている。まるで、人形だな、と馬駒は思った。右腕担当、左腕担当、右足担当、左足担当、胴体担当、顔担当、頭担当、小物類担当、衣服担当といった具合に各パーツ、アイテムを選別し用意しながらも朝食を運び、出掛けるまでの世話をメイドや家政婦、執事は気を張っている。だから新人ごとき相手にしていられないのは仕方がない。
 屋敷内にいることは、たいして役に立つ仕事はないようだ。清掃は昨晩のうちに終えている。ならば庭だ。夜中のうちに敷地内に景観を汚すようなものがあるかもしれない。ゴミ類が風に飛ばされて舞いこんできたり、カラスが狙ってゴミを焦っていたり、ほかにも野良犬、野良猫がいたずらしていたりと思い当たるところはある。そういった作業をみつけて景観を美化していくのが執事の役目だ。
「空気が澄んで気持ちがいいね。早起きは三文の徳か、あるといいな」馬駒は静まり返った前棟正門前に佇んであたりを見渡していた。
 そして、とつぜん視界に動く物体を木陰のなかでみつけた。あれはクロスのモチーフにしている神永だ。目覚まし時計代わりにドアを叩きつけるように強烈な音で、起こされた若造だ。しかも仕事をしない未熟者でもある。と自分でいっていた。
「なにやってんだ?」
 木陰で背伸びしたりして、手のひらをみつめている。どうやらスマートフォンを見ているのだとわかった。
「さっそくサボっているのかよ」
 馬駒は神永に近寄る。その存在に気づいたのか、若造はスマートフォンを上着のポケットにしまった。
「なに?」
 神永はタメ口だった。
「なにって、仕事は? この時間帯はなにをやるの?」
「べつに、やりたいやつはやればいいんじゃん。とくに決まりはないし、あとでだれかがやるところを朝、おれがやる必要ないし、けっきょく一日が終わるときに、終わっていればいいわけだ。なら、おれはサボることを選ぶね」
 馬駒は、いまどきの若者というのはこれだけ感情の起伏がないものなのか、と思う。ここまで使命感を胸に刻まないでいる社会人はそんなにはいない。どう思って仕事と向き合っているのか、馬駒は問いただす。
「いまここにいるってことは仕事をすることにつながり、金をもらうことになるが、それを拒否していたら金は支払われないぞ。もっともこの屋敷内での執事業はしらないが、ほかの社会では即解雇だ。おれはそういうやつらをみてきた」
 人生の先輩である馬駒は現実というものを示した。
「へぇ、そうなんだ。でもおれには関係ない。ここにいればそれなりに金も入るし、サボってたって助け合いでしょ。執事はひとりですべてをやる必要はない。助け合って仕事をする。それがルールになっている。つまりだ、おれは仕事をしなくても、あなたがやればいい」
「なら、なぜ、朝おれを起こしにきたんだ? 城谷さんに任せて逃げていればいいだろ」
「逃げる? おれは逃げない。何事からも逃げることなんてしない。おれのポリシーだ。だが、仕事はやらない。おれしかその場にいなかった。だから仕方なく呼びにいった。あんたをな。べつに苦労することもない。あれだけやって起きなければ放置しようと思った。思いのほか目覚めはいいようだな。あんたはよ」
 憎たらしさを通り越して、こいつの未熟さに呆れかえってしまった。馬駒はどうしようもないやつに出くわすこともしばしば会社で出会ったが、ここまで仕事を放棄し、自分を誇示するやつはめずらしい。なにもできないことにポリシーを抱いている。まるで胸にあるクロスのモチーフは勲章のようではないか。
「きみのそのモチーフ、クロスにはどんな意味が?」
 馬駒は少しはちがった見え方があるかもしれない。自分自身を投影し、象ったものがモチーフだからだ。
 神永はジッと胸のクロスを見つめる。躊躇っているのか、反論の即答だったのに、押し黙った。だが唐突に明瞭ある声で話しはじめた。
「人間から神になった男の話だ。その昔、十字架に磔にされ、民衆からも罵られ、裏切られ、叩かれながらも、すべての罪を背負い、だれを恨むこともなく許しを与え、最後は体躯に槍を突かれて命を落としたという」
 その話しならだれだって知っていることだ。神が生み出された瞬間でもあるストーリーじゃないか。
「そして、命を落としてから三日後」
 神永は穏やかにつづける。
「復活を成し遂げたという。それは神の誕生を認めた瞬間でもある。だからその象徴が十字架だ。それを崇める者も、現代まで残され世界的に広まっている。その教示というものだ。だからその象徴でもある十字架を胸に刻んで飾っておくことがいい。と、助言してくれた」

 

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