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夢で逢いましょう<6>忘れな草

   

 ただ泣きぬれて、浜辺につんだ、忘れな草をあなたに。(木下龍太郎)

 

 西垣洋子は、怒りがおさまらない。
 悔しい。
 そして、悲しい。
 病室は殺風景である。
 見るものとすれば、花瓶に挿した忘れな草しかない。
 恋人が置いていった花である。
 それを見ると、また、怒りが湧いてくる。
 無神経すぎるわよ、と思う。
 死にかかっている人間に向かって、「死んでも忘れないからね」と言っているのだ。

 西垣洋子、二十二才。
 その若い身体は病魔に冒されていた。
 現代医学では、まだ治療法が確定されていない難病なのだ。
 明日の朝に手術が予定されていたが、それで治る確率は、かなり低かった。
 難しい手術なので、手術中に死亡してしまう確率の方が、よほど高い。
 その病気の事を知らされたとき、他人事のように思えた。
 しかし、事実は事実であった。
 不治ともいえる病気に罹ってしまったのだ。
 病気が進行して病院のベッドで寝るようになると、とてつもない恐怖が襲ってきた。
 もうすぐ死んでしまう、その事実が、ひしひしと伝わってくる。
 死にたくない――。
 死の恐怖が、目の前にのしかかっているのである。
 そして、悔しかった。
 何で私が――。
 まだ若いのに、何で死ななきゃならないの――。
 友達はみんな、若さを楽しんでいるのよ――。
 この悔しさである。
 そしてそれは、怒りにもなった。
 何で私だけ、こんなのおかしいじゃない――。
 不公平よ――。
 ねえ、何とかして――。
 病気の事が分かる少し前、西垣洋子には恋人が出来た。
 単なるボーイフレンドではない、結婚を前提とした恋人である。
 これから一生を、苦楽をともにするはずの人間。
 だが、その一生が、もうほとんど残っていないのであった。
 一生、ってどういうこと――。
 生きる、って何なの――。
 なぜ死ななきゃならないの――。
 病院の天井を見ながら、繰り返し、繰り返し、自問し続けていた。

 残された最後の治療法である手術を行う前の日、恋人は、忘れな草を摘んできた。
 西垣洋子が好きな花なのだ。
 だが、これは拙かった。
 健康な時ならば、「何があっても忘れないよ」は、甘い言葉であったろう。
 しかし、手術を控えた人間に、「忘れないよ」は拙い。
 西垣洋子は、怒った。
 残された少ない体力をすべて使って恋人に罵声を浴びせた。
「無神経よ、馬鹿!」

 

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