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ラブストーリー

なりあがる! 7

   

 金持ちというのは、どいつもこいつも馬駒のような一般人とはちがって、まとっている空気そのものが異質である。かなめ嬢もその手の空気を放ち、まさか求婚者が言い寄って対話を交わしている。一度たりとも夫候補で雇った馬駒を目を合わせることがない。
 使用済みの皿やグラスを下げ、盛り付けられた料理を運ぶ。その地味な作業を執事としての職務をまっとうしている馬駒は、わかっているがぶち当たる壁を感じてならない。だが、なりあがるための忍耐で流している。

 大広間で馬駒の眼前にふと、ひとりの不審な男が目にはいった。呆然と、どこか一点を見つめて突っ立っているだけだ。なにか手元をゴソゴソと。どうも執事として不自然だ。
 馬駒は自ら確かめる。しどろもどろのその男の反応。すると、トイレにいきたいというから、前棟に誘導する。大広間にもトイレはあるが、騒ぎを避けるために静かな前棟へ促す。すると、男は携帯電話でどこかへと連絡をしていた。
 城谷と神永が同行し、三人でその男に対峙する。男の素性は、なんと、兼松財閥に雇われたスパイだった。
 だが、尋問、拷問といったことを思い浮かべたのか、城谷がここから出さない、と巨漢の体で脅すものだから、スパイのくせに腰を抜かし泣きべそな顔で懇願する。「助けて、逃がしてほしい」
 情けない男を不憫に思い、城谷は条件を投げる。そして、たがいに承諾し城谷はスパイを逃がす。

 城谷のこの判断が正しかったかは定かではない。この先、大きくうねりだす荒波への要因となる小石が放られたことを意味することを、まだしらない。

 

 旧友と思い出話しに花を咲かせるのはいいが、執事としての在り方を忘れないように。と城谷に指示された馬駒は元上司の松林に一礼し皿やグラスを下げはじめた。
 時間は緩やかに過ぎていく。馬駒もなにも考えずに食器類を下げ、出来上がった料理や飲料、酒類、真新しい皿やグラスを大広間と調理場を往復していた。そのあいだ、来客の胃袋も気持ちも心も満たされていく。
”周囲を見渡し気遣いを忘れないように”、これを城谷や丹原は執事としての鉄則である、となにかにつけて言っていた。
「腹へったなぁー、おれを気遣ってくれるひとはいないのかよ」
 調理場にもどると、メイドの真白が小休憩をかってにとって、しかもできあがった料理をつまみ食いしていた。
「ちょっとなにみてるのよ」
 逆ギレするこの女をどうするべきか、呆然と考えていた。
「お腹空いてるなら、こっちきて食べたら? ちょっとだけよ」
「お、おれはまだ指示をもらってない。そんなことできないね。仕事ちゅうですから!」
 皮肉をこめて跳ね返す。
「まぁ、お偉いこと。さすがお嬢様の夫候補だこと。でも、その夫候補者も、今宵は名のりをあげているのが多くってよ」
 それはわかっている。さっきも、多くの若い紳士たちが、かなめに言い寄っているのがみえていた。ずっとだ。さすがに腹が立っていた。が、お嬢様は一度たりとも馬駒に視線を配ることはなかった。馬駒の視線をむけても素通りしてしまうだけだ。
「わかってるよ。そんなの…」
「あら、すねてるの? カワイイ…、ってそんな歳でもないわよね。いこ」
 腹ごしらえが済んだようで、料理を運ぶために大広間へむかっていった。
「おい、ちょっと…」
 呼びかけに応じないえげつないメイドだ。
「ほんっとうにイヤな女だな。利益にならないことはしないし、得になることではないと振り向きもしない。やれやれ」
 馬駒の視線に配膳に置かれたサンドイッチが見えた。余り物のようにそこにある。
「おれのために、おまえはそこで待っていてくれたのか。しかも黙って…」
 サンドイッチに愛を感じた馬駒は、空腹を少しだけ満たした。
「ちょっとだけ元気になれば、後半戦に影響はでない。いい仕事をしたいなら不足は厳禁。といっていたような気がする」
 馬駒は少し考えた。
「そうだよな?」

 大広間にもどる。松林が現在の仕事仲間らしき年配の紳士と話しをしていた。旦那様もどこかの紳士と群れて話をしている。奥様はその妃と優雅に紅茶を飲みながらなにやら話をしている。芸能人の乱れた生活か、政治家の裏話しの悪口か、それとも企業の業績が上がっていることへの自慢話か、金持ちの会話とは自他共にすべてにおいて中心人物の独演会になってしまうものだ。かなめ嬢も同様に、いや男たちが変わったようだ。いったい何人の求婚者が言い寄っているのか。モテるものだな。金持ちのご令嬢というものは。と関心していた。
 馬駒は周囲に気を配るように視線を泳がす。が、なにか違和感を感じた。
「なんだ、いまのは…なんか不自然ななにかを…見たような」
 もう一度周囲をぐるっと見渡す。すると、わかった。
 タキシードに身を包んだ紳士が呆然と立ち、グラスも持つわけでもなく、だれかと話すわけでもない。なのに、一点だけをみつめている。
「あのひとはどこかのボディーガードか?」
 馬駒の着眼点ははずれていた。どちらかといえばスラッとしたスタイルで背丈も170センチほどだ。そこまで肉体的にみても主を守れるかどうかといえば、不安を抱く。こいつに命を預ける気にはならないタイプだ。だいたい眼鏡をかけている時点で視界に死角が生じて一瞬の遅れをとる。すべて城谷が講じていたことだが、日ごろから鍛えているから、タキシードに身を包んでもわかるものだ。肉体を鍛えるのは顔をつきそのものが異質。といっていた。
「じゃぁ、あいつをどうみるか?」

 

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