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ラブストーリー

なりあがる! 8

   

 晩餐会が終わり翌朝のことだった。奥様の悲鳴が静寂で穏やかな朝を切り裂いた。
 大広間に展示していた推定二十億円の”ジェネラルスターダイヤモンド”。200カラットが無くなっている。盗難にあったと周囲を疑う城谷。
 №4執事、加治木 虎鉄、23歳は初対面の馬駒に意味深なことを囁く。それは「あんたが盗んだってことに…」
 意味がわからないことをほざく。この若造も気に入らない、他人を罵るのにかけたら右にでるものはいないほどに。
 そして従業員総出で捜索しはじめる。それはあってはならない行動だった。お客に感づかれず、かってに部屋を捜索する。だがみつからない。
 城谷と丹原が昨夜パーティーでダイヤモンドを監視していた白峰と対話中に、イヤホンから発見の情報がはいった。
「あった」メイドの黒咲が、馬駒の部屋からみつけたという。

 前棟広間で馬駒が疑われ聴取することになる。奥様をはじめ従業員で囲う。弁護する城谷と丹原だが、圧倒的な証拠がでてしまったいじょう言い訳は無用と一刀両断する奥様の圧力。
 馬駒はこれは試練と落胆する。盗難事件の犯人にされるが、それを救出しようとする味方がだれ一人いないことにさらに落胆する。アリバイもない。部屋から出た物的証拠。そして、なぜドアの下に置かれた仕事の指示が書かれた手紙。それらが馬駒を孤独になるよう誘い、罠に嵌め、そのまま奈落の底へと導かれる。

 城谷の警察さながらの調べが、おもわぬ方向へと進む。

 

 澄みきった青空から燦燦と降り注ぐ日差しは凍てつく世界を溶かす。生き物すべてが活動しやすいよう命を与えてくれる。その魂がまた揺さぶられ、一日のはじまりの挨拶を囁いている。昨夜のパーティーの賑わいが夢だったかのような、穏やかな日曜の朝。肌を撫でるように人々を優しく起こしていく。
 そんな緩やかな時間が流れる朝を、強烈な雷が切り裂いた。女性の悲鳴は、広大な冠木家の敷地の隅々まで轟いているかのようだった。
 ドタバタと廊下を走る足音。馬駒はすでに起きて庭に出ていたが、何事かと思い声の出どころを探索する。執事の部屋がある前棟側ではないべつの場所だと推測した。
「丹原さん?」
 階下にいくと事務長の丹原もその声の出どころを探索していた。
「なんですか、いまの?」
「わからない。わたしもなにが起きたのかと…」
 そこへ城谷が現れた。
「後棟側、大広間のようです。”奥様”の声のように思ったのですが…」
「なに、たいへんだ」
 丹原は慌てていた。
 うろたえる丹原と城谷が滑稽で不思議と、らしくない、という言葉がくちに出そうになった。
「落ち着いて、すぐに現場へ」
 馬駒が冷静にふたりを促す。日の浅い、思い入れがない者ほど冷静沈着になれる。関係がないという理由からだろう。
 大広間の前で、メイドや執事が集まっている。昨夜、泊まった来客までローブに身を包んだまま降りてきたのだろう。ちょっとしたパニックが起きている。
「なにがあった?」
 城谷が叫んだ。
 大広間の中央で、崩れている奥様がいた。横にはメイドがひとり寄り添っていた。
「どうしましたか、奥様!」
 丹原が駆け寄った。すぐあとに城谷も駆け寄る。離れて囲うように野次馬が集まって状況を把握しようとしていた。
 馬駒にはなにが起きたか見当もつかない。
「なんだいったい?」
 嘲笑するかのように、馬駒のすぐ横でニヤついている男がいた。
「試練の開始か」
 馬駒は声の主に振り返る。男はジッといやらしい笑みを浮かべながら、馬駒の顔を見上げていた。
「だれだ?」
「おれは、ここの執事。あなたよりずいぶん長く執事をしている。が、あんたにとってはたいへんなことだな」
 意味ありげなことをいうが、なんのことか見当もつかない。
「いきなりなんだ。あんたは?」
「おや、初日に顔は合わせているが、名前はまだ知らないのか。加治木 虎鉄(かじき こてつ)23歳。3年ここで執事をしている。あんたの先輩だ」
 胸には虎のバッチがついている。名前からそうしているのか。
「モチーフ、虎か」
 馬駒はたずねた。
「そうだ。あんたはチェスか、わるくないセンスだ」
「あ、ありがとう」
「だが、あんた、昨夜のことで吊るし上げにあうぞ。覚悟しておいたほうがいいぜ」
「おれが、なんの?」
 昨夜といえば、ひとりスパイを解放してしまったこと。だが、それは城谷の判断だ。自分のせいではない。
「なにをしたっていうんだ?」
 馬駒は、吊るし上げ、ということばに過剰に尻込みしはじめていた。
「わるいが、おれは他人を嘲るのが趣味だからな、あんたが吊るし上げになっている傍ら、おれは大好物の肉でも喰いたいものだ」
 加治木は執事として最悪な性格をしている。初対面で嘲笑の挨拶。いけ好かないやつがいるものだ、と心底めげる。
 お客のひとりが叫んだ。
「おい、みろ、ガラスケースのなかにあったダイヤモンドがなくなっているぞ」
 騒然となる大広間。騒ぎの原因がわかった。推定一億円のダイヤ。奥様のたいせつなダイヤモンド。その名をジェネラルスターダイヤモンド。200カラットだ。ギリシャの将軍が鉱石を発掘し、職人に作らせ献上させた。将軍は妃にこれを贈った物とされている。もっぱらの由来だ。
「推定一億だと、安く見積もったものだ」
 お客のだれかがいっているのを馬駒の耳にはいった。
「安い?」
「そうだよね」
 女性のお客が納得して話す。
「あれぜったいに十億、いや二十億はいくわよ」
 蒼白の馬駒。それほど宝石に興味はもっていなかった。だが、それだけの高価なものを展示しているとは思いもよらなかった。なぜ、そんなものを見せびらかすのか。一千万台の絵画を展示せずにしまいこみ、あのダイヤモンドだけを展示したのは防犯を一点だけに集約しているという警備のしかたからだろう。だが、世界のオークションに売りにだしたら、最高推定落札が二十億円になるかもしれない。悪い心が顔が出すんじゃないか。
「まったく金持ちの道楽はこういう顛末になるのは目にみえている。バカ過ぎる」
 加治木が罵った。
 神永といい、メイドの真白や家政婦の能上にしろ、影ではくちが悪すぎる。だが、正直で本音で語っているのは逆に信用性があるようにも思える。丹原や城谷も裏がない人間だ。
「待てよ」
 馬駒はなにかひらめいた。それは嫌な予感というひらめきだった。
「わかったようだな?」
 加治木だ。
「だれかが盗んだってことか」
「そんなの百も承知。盗んだのは内部にいる。その標的になるのが、あんたってことだ」
「なに!」
 まったく身に覚えがない。
「このまま、物がでてこなかったら、だれかが責任をとらされる。あんたもしかしたら、奥様や旦那様に歓迎されていないんじゃないか。こんな茶番、ひさびさにみるよ」
「どういう意味だ?」
 返答を待つ前に、城谷が大声で野次馬に呼びかける。
「お騒がせして申し訳ありません。こちらでちょっとしたハプニングがありました。見てのとおり、このガラスケースに入っていた、宝石がなくなったということです。だれか、心当たりの方はおられませんか?」
 公にとんでもないことを話す城谷だ。来客を疑っているようにとられるぞ。
「われわれを疑っているのか? 招いたのはそっちだろ」
 そうだ! と反乱が起きそうな勢いだ。
「すみません」
 城谷が謝罪する。
「そんなつもりはありません。盗んだなどと、行方を知りたいだけです。どなたか情報があれば私にお知らせください。このあと朝食となりますので、どうぞ、お着替えしてこの大広間にお集まりください」

 

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