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サスペンス

8月のエンドロール 19

   

(どこだ? 家のなか?)
 なおも希望に縋ろうとするタイゾウに、男たちが嘲笑を投げた。
「この子とお前のための穴を掘ってやるから待ってろよ」
 物音がしなくなる。
 バタン、バタン、バタン。開閉音三回。そして金属音と砂音。土を掘り始めたのだ。
 タイゾウは、地面に顔を擦りつけ頭の後ろで結ばれた布を取った。
 表からはシャベルが土を掻き出す音が聞こえてくる。
 放り出されたのは、家財道具が残ったままの廃屋の土間だった。
(……家のなか? 玄関か。マリは?)
 苦心してマリを見ると、かすかに胸を動かしていた。
 ほっと胸を撫で下ろす。そして面差しを厳しくした。
 ここが脱出できる最後のチャンスだった。
 だがどうやって。タイゾウの思考が異常な勢いで跳ねる。
 手に触れる範囲にはなにもない。転がっている陶器の破片を後ろ手に持ち、両手足を繋いでいるロープを切りつけていたが、見えない上に、時間がかかりすぎる。だがやらないよりはマシだった。切り込みを入れながら、視線を彷徨わせる。
(なにかないか。なにか……)
 ふぅっと動く物を捉え、我が目を疑った。日に焼けた障子の隙間。赤いパトランプが滑っていく。音を鳴らさず村を行くのは、メグミとシオリを乗せたパトカーだった。車中の二人はせわしく視線を巡らせ、タイゾウを探している。
 必死で肩口に顔を擦りつけると、猿ぐつわが緩む。叫んだ。
「助けてくれ! ここだ! 助けてくれ!」
 だが、パトカーは気づかない。囚われている廃屋の近くに停車して、タイゾウを探している。身を隠した男たちが、叫んだタイゾウを捉える。物陰の彼らは動けない。ロープは切れない。意を決したタイゾウは、土間に置きっ放しになっていた箪笥に自分を叩きつけた。ドスン! メグミが振り返った。もう一度。ガシャン! もう一回。狂ったように自分の身体を叩きつけた。入れっぱなしの食器が揺れ、落ち、叩き割られる。瀬戸物の絶命に負けじと、タイゾウも叫んだ。
「助けてくれ! ここだ! マリも一緒だ! 助けてくれ!」
 叫び、何度も自分を叩きつける。
 パトカーがサイレンを鳴らし、バックで戻ってくる。
「助けてくれ!」
 窓から身を乗り出した少女――メグミが、あっと叫び、指を差した。
「タイゾウ! そこです! その赤いポストのある家! タイゾウ!」
「助けてくれ! そこに犯人がいる!」
 シャベルを放り出し、だっと逃げ出した男たちは、だがすぐさま捕まり、メグミとシオリがパトカーから降りてきて、全身血まみれのタイゾウは九死に一生を得た。
 だがそのとき。ひとつの命が、無辺際の時に還っていこうとしていた。
「マリちゃん! 早く救急車を!」
 駆け寄ったシオリが洋服が汚れるのも構わず抱き上げる。
「お願い!」
 悲痛な叫びに満ちた廃屋に、やがて救急車が到着すると一気に賑やかになった。メグミは怒ったような泣き顔で、タイゾウに寄り添っていた。
 タイゾウもマリもやって来た救急車で運ばれた。
 だが、到着した病院で衰弱しきったマリは、最期の息を吐き出すと、無残にも心電図を平らにした。
 雨の少ない、蒸し暑い夏の夜のことだった。

 

最終話 夏の墓碑銘につづく

 

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