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サスペンス

8月のエンドロール 19

   

 
 いつだって勝ち続けてきた。選んできたのは勝利だけだ。
 事実、勝利を獲得し続け、つねに超然と構えていた姫子に今、わずかに焦りが出ていた。傍らの灰皿には煙草が山となっている。
「そんなことを仰らず。ねえ、先生。なんとかなりませんの? ――ええ、ええ。まさか! 人殺しなんて! 事実無根ですわ」
 先ほどから携帯電話が鳴りっぱなしで、そのたびに応対に追われていた。
 比野県警の内部情報がリークされてからというもの、昼夜問わず電話が鳴りまくっている。その上、マスコミに姫子の写真が流出したらしく、隣を歩く人間が、姫子の顔をちらっと見て、目の色を変えて追いかけてくるようになった。どうやらSNSや掲示板で姫子捕縛に興じている暇人がいるらしい。そのため、昨日だけで三件ホテルを変えた。ホテル側も事件の容疑者と分かると宿泊を渋り、今のホテルは金額を倍払って粗末な部屋をやっと取れた場末のホテルだった。
「ですから。――ええ、はい……」
 ミュートにしたテレビから小谷 姫子容疑者と書かれたテロップが流れていく。姫子がどんなに極悪非道であるかをマスコミはこぞって騒ぎ立てた。経営する店の関係者も分が悪くなったと見ると、あっという間に彼女を裏切って、警察に密告をはじめた。
 持っていたはずの力が、握りしめた指の間からこぼれ落ちていく。
 堅牢だと思っていたものは、砂の上に立つより脆かった。
 今の姫子は醜かった。
 ほつれた髪もそのままに、綿の飛び出したソファで電話の相手のご機嫌取りをしている哀れな中年女に過ぎなかった。相手は立候補予定だった区議会の推薦人だった。
「先生。報道はなにかの間違いです。お調べいただいて構いません」
 言い募るが、相手の旗色は悪い。
 すでに他の推薦人が辞退した話を聞き及んでいるのだろう。
 姫子はじりじりと退路を断たれていた。
 重ねる言葉も空しく、二言三言、婉曲に関係を絶たれた。
「……ええ、はい。では」
 心証変えは失敗し、推薦人は去って行った。
 通話を終えた姫子はテーブルの煙草を探ったが空だった。買いに行かせようにも今は誰もいない。仕方なくシケモクを伸ばして、火をつけ、吹かした。
 みみっちいったらなかった。
 化粧の浮いた顔は、酷い有り様で隠されていた年齢と老いを露わにした。
 唇を捻り上げながら深く紫煙を吸い込む。
 持っている手札のうちもう、切れる札はなく、切った札は悪さをした。
 テロップと画面が切り替わり、中継の文字が入った。とある工場の前に黒山の人だかりが出来ている。マイクを持った新人キャスターが勢い込んで話している。

 

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