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ノンジャンル

モノクロビオラ 3章

   

悪夢に似た光景を目の前に、しかし彼女の言葉は、未だその真の姿を潜めていた。

なぜ彼女はここに連れてきたのか。そしてこの線路の正体は一体――。

 

 訂正しよう。笑えないどころの話じゃない。とても現実とは思えない。現実離れと形容してもまだ足りない。
 ここまで正確に、あの線路を模造している。残酷に模造している。
 線路の周りに咲く花、ビオラまで――。
 僕の思考はぐるぐると回り、そしてそのまま暗転してしまうとすら思った。しかし、僕は確認しておく必要がある。ここへ僕を連れてきた彼女を。竹内春菜の表情を――。
 激しい頭痛と吐き気を堪え、僕は顔を上げる。
 竹内春菜はいた。何も言わず、いつもの微笑を浮かべながら、線路を眺めていた。
「君はこの線路で死ぬのかな? それとも、学校前の線路で死ぬのかな?」
 もちろん正夢になったとしたらの話だよ。と彼女は付け加えた。
「……え、が、学校前の線路のはずですよ。だってここに電車は走らないでしょう」
「そっか、君は電車に轢かれて死ぬ夢を見るんだったね。ごめんごめん。勘違いだ」
「…………」
 何も言えなかった。彼女の思考が全く読めない。今の自分の脳の回転が悪いというのもあるだろうが、しかしそれ以上に、彼女が恐ろし過ぎるのだ。
 僕がそこまで考えたところで、彼女は再び口を開いた。
「でもこの枯れたビオラ見てるとさ、どうしても、君が死ぬとしたらこっちの模造された線路だと思っちゃうんだよね」
 多少現実感を取り戻してきた僕は、ゆっくりと立ち上がった。そして彼女の発言に答える。
「そう思ってしまうならしょうがないですが、でも物理的に死ぬ要因がここにはないじゃないですか……だって――」
 その後の言葉を、僕は続けることができなかった。ひとつの答えに、恐らくは彼女が考えているその答えに、残酷にも気付いてしまったから――。
「――自殺……」
 僕の言葉に、彼女は何の反応も示さなかった。ただ、少し、認識できない程度に、顔を下に傾けただけである。
「僕が自殺すると思ってるんですか?」
「私でも地獄のようだなと思うこの光景を見て、そんな悪夢にうなされてる君が平常心を保っていられるわけがないと思ったんだけど。いや、それは関係ないね。それはたった今の状態を示しているだけだし」
 彼女はそう弁護をしたけれど、そんなことを聞きたいわけじゃない。
「それはそうとして――」
「なんで自殺なのかって?」
 最初の明るく無邪気な印象を、今となっては全く消失させてしまった彼女は、僕のほうを振り向き、そう言った。
 そう言えば彼女は、この場所に到着してから、この山頂に着いてから、一歩も動いていない。
「二者択一なんだよ。私たちにとっての生死は。それを違うって言うなら、君は私を、私たちみたいな人を同族だと思ってほしくない。あんまり生きたくないだなんて、そんなのはくだらないよ」
 ほんと、くだらない――。
 彼女の言葉に、僕は閉口する。黙り込んでしまう。
 だけど僕は、同族ではないと宣言され、ほっとしてしまっていた。この上なく安心してしまったのだ。
「私たちはね、死ぬか生きるかの二択なの。君は違うでしょ。なんとなくくだらない日常に嫌気が差しているだけで、死にたいとも生きたいとも思わず流れに身を任せてる。普通の人じゃん。一般人じゃん」
 彼女は怒っているのだろうか。僕が彼女に同族の意識を見出したことに、それらしい風に、何もかもわかったように、彼女と会話をしていたことに。
 声のトーンからは読みとれない彼女の発言こそが、彼女の言っている僕との差なのかもしれない。僕には持ち合わせていないものなのかもしれない。
「……だとしたら、あなたは、竹内さんは、死ぬことと生きること、どちらを選んだんですか?」
 彼女は微笑した。わずかに口元を緩め、ふふっ、と。
 僕はなぜか呼吸が軽くなったのを感じた。その微笑から感じたのは狂気ではなく、ごくごく一般的な微笑だったから。
「今生きてるんだから、生きるほうに決まってるじゃない。面白いこと聞くね、倉耶君。あ、私のことは竹内さんじゃなくて、春菜でいいよ。歳もそんなに離れていないわけだし。もっと気楽にいこうよ」
「そ、そうですか……はい、そうですね……」
 なんだか腑に落ちないではあったが、しかし彼女が笑顔を取り戻し、元の雰囲気に戻ったことを、僕は喜ぶ以外できなかった。今更気楽にというのもおかしな話ではあるが。
 だけど簡単なことだ。誰だって、目の前の人が明るくしているほうが、その逆よりいいに決まってる。これを僕が自分で認めてしまうと、それはそれで大いなる矛盾が生まれるのだけど。いや、自分の矛盾について考えるより、その前に僕は彼女の発言についてもっと頭を働かせるべきだ。そこにも、やっぱり矛盾が存在する。

 

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