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ラブストーリー

なりあがる! 11

   

 馬駒は文句をいいながら庭園の手入れをしていた。そこに真白が動物園の飼育をするよう指示する。本来、執事№5、6、7、8、9、10が現場責任者となっているが、これらは旦那様、お嬢様のボディーガードとして精鋭部隊に加わっている。加われない馬駒は腹を立てていた。

 そこに動物の世話をしている奥様をみた。驚愕な光景だ。泥や臭いにおいのなかで清掃や飼育をするのは、奥様がすることではない。作業着は泥まみれだ。
 だが、ふたりは対話をする。そして、意外と動物に好かれる馬駒をみて、心の棘が削れるように、奥様は気さくに話しかけるようになった。
 たがいに認める瞬間とは、第三者の介入によることが多い。真白が導き、動物がとりもつ。ふたりは認め合った。

 馬駒とかなめは盗難事件以来、会話が増えていった。恋する乙女のようなかなめの眼差しは、これまでとはちがう。周囲に認められ、知られたことで、両者はおおやけに交際を開始していた。惹かれあう者同士にだれも異議は問わない。それどころか見守っていた。
 そして、ふたりは初めて唇を交わす。

 幸福のまっただなかで、とんでもない事件が勃発する。ついに動き出した兼松貿易の刺客。
”かなめ嬢誘拐”。これを機に、旦那様の草輔を脅すつもりだ。そして、文房具界のすべてを牛耳ようと考えている。
 その先導者が、”白樺の貴公子”と呼称されている日本一有名な執事、樺庭 拓実(かにわ たくみ23歳)だった。

 その企みに挑む、馬駒含む冠木家執事精鋭。だが敵陣には、味方側のあの男の影が兼松の社長室に佇んでいた。

 

 馬駒は庭園で花の手入れをしていた。いつもより力んで、口を尖らせ、頬が震えていた。
「くそ、くそ、くそ、くそ! なんだいったい!」
 馬駒は執事精鋭部隊に加われなかったことに腹を立てていた。
「なにを守ればいい! だれよりも守るのはおれじゃないのか!」
「なにを怒っているのよ」
 メイドの真白が近くに立っていた。
 馬駒は動きを止めた。心にチクッと羞恥心が刺さる。
「なんだよ」
「ずいぶんな言い方ね。業務指示よ。手伝って…、こっちへ来てくれるかしら」
 顎で示す方角は前棟の後方を示しているように思った。
「なにをやるんだよ」
「動物園の世話をやるの、きょうからしばらくね」
 真白の声は低く落ち着きがあった。それは同情のように、相手をいきり立たせるようなことをしないよう気遣っていた。
「こっちの手入れはどうする?」
「だいじょうぶよ、大奥様がいつもやってるし、多少の時間よ」
「でも動物園って、いきなりかよ。猛獣の世話なんかしたくねー。くせーだろ」
「やるの。いまはあなたがやるの。それが使命よ」
 真白はいつになく真剣な眼差しでみつめている。
 渋々、馬駒は説得に応じた。
「わかったよ」

 前棟の庭園から後棟の裏を五十メートル離れたところに動物園の扉がある。それは裏扉だ。従業員が行き来するための道だ。では、入り口はどこか。遥か向こう側にあるということだが、馬駒はその入場口をしらない。

「執事の鷹丘と川面が動物園の飼育係りの責任者ね。わかってると思うけど精鋭部隊に加わっているから、そこであなたが穴埋めに働くの、わかった?」
 真白もまた精鋭部隊の穴埋めに従業員の伝達係りをこのとき任されているようだ。上も下もない。丹原、城谷がいないため、伝達係りにだれかを当てるしかない。それが真白になった。
 伝達係りなんてだれでもできる。上も下もない。決められた分担を伝達し、従業員はただそれを実行する。それだけで、なんとかカバーできるものだ。それが丹原の意向であった。

「執事の№5、6のやつら、あいつら動物園の責任者だったの?」
「そういうこと。ほかの№7、8、9、10もいる。動物園の責任者を任されている。男手が必要だから。もちろんそれ以外の執事というよりは動物園の飼育係り兼、雑務を担った執事係りが数名いる。会議のときにもいた連中よ」
 馬駒は思い浮かべたが、顔が思い浮かばない。どうでもよさそうな相手だと、要するに影の薄そうなやつらがいたな、と思った。
「そういえば、あなた、みんなに知られちゃったよね? 婚約者だってこと。どんな気分? 私たち末端の執事やメイドに比べて、ちょっとだけ抜きにでた立場にいるわけだけど…、周りは鼻持ちならないわよ」
 真白はいやみをいいだした。
「なんだよいきなり」
 無邪気ないいかたをする真白の横顔が、いかにもいたずらっ子のようだった。
「てか、なんできみは言ってなかったの?」
 馬駒は驚いていた。軽口をたたきそうなこのメイドの性格だ。馬駒を格下に扱おうとして、ご令嬢の夫候補を知った途端に愕然としていた。ほかの従業員にそういう噂を流すのは女の流儀といってもいいほどだ。それを公言していない。この女は意外にいいやつかも。
「まぁね。もしかしたら、なにかに利用できることもあるじゃない。たぶんあなたは公にしてもかまわないだろうけど。お嬢様も同様に。でもなにか私にとって得になる要素があるかもしれない。そう思って黙ってたわ」
「おいおい、そんな理由かよ」
「すべては利益よ。社会人ならとうぜんでしょ。この仕事がいつまでもつづけられるかわからない。だから蓄えと安定収入源を獲得しておくにこしたことはないでしょ。みんなそう思って働いている」
「たいしたもんだ。労働者の鑑だね。きみはさ。ここにいるやつらも含めて。たくましいね。生きるためのすべは金ということだよな。金さえあればとりあえずは生きていける。次につながるというわけだ」
「もちろんよ。それが私の生きるための糧。だれでもそうだと思うけど…」
 馬駒は、ただただ、認めるだけだった。皮肉もでてこない。事実を皮肉っぽくいったが、正しいとこを公言しても意味はなかった。

「あそこ見て」真白の視線をたどった。
 馬駒の眼前にいる人物に驚愕した。
「おい、あのひと、奥様か…」
「そうよ。きいてなかったかしら…盗難事件以降、奥様は娘の世話ではなく、動物たちの世話をするようになった。愛情たっぷりにね」
「おれのせいか?」馬駒は恐々にメイドにたずねる。
「いえ、そうともいえないけど。だれも奥様の心情を、本音を、読み解くことはできない。だから、あなたは直接聞かなければならないんじゃない?」
 思考をめぐらせている馬駒。
「あたりまえだ。かなめ嬢と結婚したなら、奥様は義理の母になるひとだ。たしかにこの奇妙な行動は気にかけないわけにはいかない。晴らそう。現状の心身に抱えたなにかを、言葉で」
「そうね。それがいい。動物を通して対話をしたほうがいいわ」
「ああ」

 

-ラブストーリー

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