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ラブストーリー

なりあがる! 12

   

 近場の運転するベンツ車には馬駒と牧多が同乗する。お嬢様の行方がわからぬまま、宛てのない走行を続けていた。
 時が刻まれるたび、馬駒は落ち着きがなくなっていた。足が小刻みに震えていた。それだけ不安が顕著に現れている証拠だ。

 そんななか、馬駒の携帯電話にメールが届く。送り主を見て驚愕する。
”矢飼”からだった。その内容は身勝手きわまりないものだった。が、馬駒が取り合うわけもなくそのメールを無視する。

 矢飼は馬駒の連絡を無視され憤っていた。
 樺庭は矢飼の策略に乗り、馬駒に冠木社長の動向をうかがい、かなめ嬢との取り引き材料とすることを狙っていた。が、失敗に終わった。矢飼は樺庭から不要とレッテルを貼られる。追放された矢飼はモグラに化かされ、地の底へと落とされる。
 樺庭は、拘束したかなめ嬢に見せびらかせた。胸に隠すピストルに恐怖している。悪意に満ちた樺庭の本性はどす黒かった。

 近場はメールが届いたことに気づき。ベンツ車を急停車させた。時倉からのメールだった。それは、かなめが拘束された写真が添付された犯人からだった。メールの送信者がだれかは不明。だが、予測はできている。”樺庭”だろうと。
 二通目のメールには、時倉からの覚悟が送られてきた。
 馬駒は、時倉の印象を誤解していた。その覚悟に賛同するにはじゅうぶんな内容だった。

 いま動くときがきた。相手は力ずくで欲するものがある。なら、いちばんたいせつなものを力ずくで奪い返す。実力勝負の戦いがいま幕を開けようとしていた。

 

 馬駒は近場が運転するベンツ車に乗って捜索していた。
「城谷さんたちはなんて?」
 近場は運転しながら話す。
「ああ、それが…、城谷さんには連絡がつかない。時倉くんにもだ」
「なんで!」
 いきり立つ新米執事でお嬢様の夫候補者の年下男にため口を唐突にきかれたが、近場は運転中ともあって流した。
「神永に連絡したが、やっぱりでない。どういうわけか精鋭部隊のものは音信不通状態だ」
 現状把握どころが後手に回っているのだとしたら、もはや崖っぷちだ。一刻もはやく対処せねばならない状況。危機を脱することができるかは、馬駒の勘だけだった。しかし、勘を働かせてもそうそううまくいった試しはない。文房具の新商品の狙いをつけて開発することでの勘は鋭敏だが、人捜しがおなじではないだろう。必死にベンツ車のなかで思考をめぐらせていた。
「牧多さん」後部座席へ振り向く。年下の執事は、とても礼儀正しく賢い、戦略を練るだけの計算が得意で、この三人のなかではいちばん頼りになる人物だから、あえて”さん”とつける馬駒。「なんか今できることってあるかな?」
「うん。手はある。それと仲間を信じるんだ。煮え切らないかもしれない。でも馬駒さん…、とくにあなたは冷静で待つことがいちばん重要だ。ぼくにはみえる。このさき、ちょっとでも心が揺さぶられたら、焦った時点で敗北はこちらにあると」
「そうですか、そこまでいうなら、待ちますよ。落ち着かないけど…」
 牧多は優しく微笑み、携帯電話を取り出し、画面に視線を落とした。
「やれやれ、これからどうしたものか」
 助手席にいる馬駒は、もうやることがなかった。考えることが精いっぱいだが、出口のないラビリンス。脱出不能な状況の渦中で、貧乏ゆすりをはじめてしていた。
「落ち着けって」
 近場が指摘した。運転の集中力を欠く動作に苛立っていた。
 馬駒の携帯電話が震えた。メールを知らせるバイブレーションの振動だった。
「ん?」
 液晶画面に映し出された名前は、まさかの人物だった。
”矢飼 洋”。元勤め先の元RAKUJYOU文具社の人事部長。当時の社員アドレスを消去せずに残していたようだ。
「だが、どうして?」
 メールの本文を一読する。
”ひさしぶりだな。冠木家でのパーティーのときはすまなかった。少し酔ってしまった。きみのところの大柄の執事さんにつまみだされてしまったよ。そのせいで、いまでは重役のパシリではなく奈落の番人になってしまった。かっこよくいったかな。つまりが、きみのことを当時こう呼んでいたね。モグラ。それがいまでは私がそのモグラになってしまった。情けない。みっともない人生の終末になりそうで怖くて、生きる希望すら消失しそうだ。そこで社長に直談判したい。お嬢様ときみは恋仲だと伺っている。社内ではそういう話に敏感のようでな。地中にいる私の耳にも入ってきた。そこで頼みがある。将来、きみの父上になる草輔社長のことだ。頼んでもらえないだろうか。私の奈落の底から救済してくれるのは、もはやきみしかいない。だが、安心してくれ。自分で話す。だから、アポイントだけとってほしい。二人で話したい。社長にもう少しマシな仕事にもどしてほしいと頼みたい。土下座でもなんでもする。モグラでいたくない。光合成をしたい。だから願いを聞いてもらえないだろうか。馬駒くん、きみしかいないのだよ”。
 最後に、連絡を待っている。と書いてしめくくっていた。

「ふざけやがって、なにをいまさら…、死ねって、返信してやろうか」
 馬駒は鬼の形相になっていた。だが、関心のない相手をすぐに無視した。
「どうした怖い顔して? メールか」
 近場が前方を見ながらちらちらと、馬駒を見ていた。
「運転に集中してください。俺たちが事故ったら元も子もない。くだらないやつからのメールです。無視したからいい」
「そうかい。てかちょっと偉そうにいうなよ。マゴマくんさ」
「そうでした。でもイライラして…、すいやせん」
 馬駒は窓からのぞく赤く染まりつつある光景を眺めていた。
 近場は、むすっと顔を膨らます。もともとなんら特徴のない運転専任者だ。自分の象徴のモチーフもない相手に、馬駒は事務的な態度をとるばかりだった。
「夜になったらまずい。はやくみつけないと」馬駒はぼやいた。

 

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