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夢で逢いましょう<7>都忘れ

   

 おまえの素朴な様子が、雄弁以上に私の心を感動させるのだ。(シェークスピア)

 

「ねぇ、おとうさん、都忘れの花の話をしてよ。約束したじゃない」
「なんだ、おまえ、まだ覚えていたのか」
「もちろん。私が高校生のとき、おとうさんが、都忘れの花を見て思い出し笑いをした。何なの、って聞いたら、おまえがお嫁に行くようになったら教えてあげるよ、と答えたわ」
「あのときは、女の直感の怖さを知ったね。かわいい娘も、やはり女だったんだ、思ったもんだよ」
「来月は私の結婚式。もう、話してくれてもいいでしょ」
「そうだな。話してあげよう。だが、おかあさんには内緒だよ」
「いいわ」
「実は、おかあさんと結婚する前、恋人がいたんだ」
「まあ、初耳」
「ここに移って来る前、霞ケ関で役所に勤めていた頃の事だよ」
「どんな人だったの」
「ずばり、美人。なんで女優にならなかったんだろう、と思うくらいの美形だった。花にたとえれば百合だったね」
「へぇ、おとうさんに、そんな人がいたんだ」
「ある議員の娘でね」
「結婚していたら、役所で出世して、そのうち政界へ進出……」
「そうなったかも知れないね。でも、その女性、顔が派手だが、振るまいも派手だった」
「おかあさんと逆ね」
「そろそろ正式に婚約をしたらどうか、という話が出た頃、夢を見た」
「その女性の夢?」
「そうだ。彼女が舞台に立っているんだ。スポットライトを浴びて、客席からは拍手喝采。それで、彼女、何をしたと思う?」
「分からない」
「お客様へのプレゼントです、と言うと、百合の花を客席に投げるんだ。何本も、何本も」
「……」
「スポットライトを浴びて、得意気で、きれいに咲いた花を、無造作に投げる……。何か、その女性を象徴していたね」
「おとうさんの気持ち、分かる」
「その夢で決心がついたね。その女性とは、つき合うのを止めたんだ。役所にも居づらくなって、東京を離れることにしたんだよ」
「そしてこの土地に来て、ここで、おかあさんに会ったんでしょう?」
「そう。おかあさんは、都忘れだった」
「また、夢を見たのね」
「今でもはっきりと覚えている。おかあさんと知り合って、ちょうど半年目。夢を見たんだよ」
「どんな夢? 聞きたいわ」
「二人でバスを待っているんだ。なかなかバスが来ない。退屈したおかあさんは草地の奥へ入っていく……。そして、あら、って声がした。どうしたんだろう、と近寄ってみると、花が一面に咲いている……」
「都忘れ、ね」
「そうだ。おかあさんは、花にかこまれてうれしそうだった」
「おかあさんらしい」
「そのまま、花の中に寝て、目を閉じてしまった。全身で花を楽しんでいるんだな。幸せな表情が顔からあふれていたよ。おとうさんも、座った」
「すてきね」
「そこに、バスが来た。おかあさんは、目を閉じたまま、どうぞ、バスに乗って下さいな、わたしはここにいます、と言った」
「おとうさんも……」
「バスに乗らなかった。そのとき、おかあさんと結婚しよう、って決心したんだよ。そして、おまえが生まれた……」
「おとうさん」
「ん?」
「ありがとう」
「夢のおかげだな――」
「あれ、なによ、その薄笑い」
「ま、いいじゃないか」
「おとうさん、まだ、何か隠しているわね」
「ううん……、実は……、いいかい、おかあさんには言うなよ」
「もちろん、内緒にしておくわ」
「花の中で眼を閉じているおかあさんに近づいて、キスしちゃったんだ――」
「まぁ、すばらしい」
「この夢の話、今まで誰にも話したことはない。おとうさんが、おまえに送る結婚祝いだよ」
「うれしいわ。ね、もう一つ、教えて。ついでに」
「何だ?」
「夢の中じゃなくて、本当におかあさんと最初にキスしたのは、いつ、どこで?」
「そ、それは……、そ、そういうことは……、お、おかあさんに聞きなさい」

 

≪おわり≫

 

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