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ハートフル

モモヨ文具店 開店中<1> 〜名入れ承ります〜

   2015年3月6日  

 ここは日の出県月世野町二丁目。
 福永百代(ふくなが ももよ)さんのお城である文具店は、月世野県道十二号線に民家と混じって一軒だけ出っ張るように存在している。区画整理で取り残されたのだ。
 ゆうとくんのお母さんが帰ると、少しだけがたつく引き戸を開ける者はいなくなった。小学校の下校時刻には早いし、周囲にある市役所と県庁の定時はまだまだ先だ。
 百代さんは作業台のカッターを脇にどかし、パソコンを広げた。
 ネット注文が入っているかの確認をするのだ。
 雪が降りそうな灰色の空からはすでに音が消えている。シィンとして耳が痛い。百代さんがマウスをクリックする音だけが六坪ほどの狭い店内に響いた。
 この文具屋を百代さんは一人で切り盛りしている。もとは隣町の文具卸問屋で正社員として働いていたのだが、お父さんの栄治さんの急死によってこちらの店を任されるようになった。お母さんの春代さんは去年亡くなっている。
 本来の屋号は福永文具店なのだが、百代さんの代に変ってからモモヨ文具店と呼ばれている。ネットの屋号はモモヨでも福永でもヒットするようにしている。
(鉛筆名入れ無料が効いたわね。鉛筆の注文が倍増したわ)
 ネットを見ていた百代さんは、ちょっと微笑んだ。彼女としてはにやりという笑い方だったのだが、ふっくらとした外見からにっこりとしか見えない。迫力に欠けるのが難点だった。
 注文の一点一点をプリントアウトしていく。
 店に並んだ鉛筆がどかっと動くのは入学式や学年変動のときだけで、あとは大人しい。一応、月世野町一丁目に画家の先生がいるから、デッサンや絵画に最適な一本百四十円の高級鉛筆――考えてみて欲しい。たかだか鉛筆で一本百四十円という値段を。コンビニでペットボトルが買える――も仕入れてはいるが、ほとんどその画家先生が買っていくだけだ。彼の要望で2Bから順に6Bまで仕入れているが、まあ、驚くほど動かない。
 それも当然なのだ。
 鉛筆のなかで一番動くのは格安の六十円の鉛筆や流行りのキャラクター物だ。それもなくしたとか、ふざけて折ったとか急なときだけ。
 だいたい中学生になればシャープペンを使い出すし、鉛筆なんて筆記用具は小学生かよほどの好事家しか買わないのが現状だ。
 おまけに……
(今は割引の効いたネットでなんでも注文できるから定価で買う方が馬鹿らしいって感じなのよねえ。買いに来るのは急なときだけだし。付加価値つけないと、うちみたいな店はやってらんないわ)
 なので無料名入れサービスというわけだ。勤務していた卸問屋では店頭で彫ったこともあるから百代さんにはお手の物だ。
(とはいえ……十ケースが限度ね。発送のスピードもうちは遅いし……なにかほかに無理せず付け加えられる物はないかしらね。発送の簡易化とかどうかしら。あとでなっちゃんに訊いてみよう)

 

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