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ハートフル

モモヨ文具店 開店中<1> 〜名入れ承ります〜

   2015年3月6日  

 なっちゃんとは幼なじみの月世野一丁目郵便局員の木佐木夏子(きさぎ なつこ)のことである。彼女は送料軽減の裏技を知っており、店を継ぐにあたってネット販売を開始した百代さんに諸々アドバイスをくれた。
 店頭のプラスチックケース入り鉛筆を十点、注文内容と間違いがないか照らし合わせてから作業台に戻る。彫って欲しい名前をパソコンから入力し、カッターを動かし始める。
 しゃりりりりりと最初の名前が浮き上がってくる。
(新しい機械買うかなあ。でも費用と使用頻度がなあ……)
 始めてしまった以上、これからも名入れ無料はずっと続く。買い手はそのサービスがあって当然だと思うのだ。
 見切り発車でやりだしたのではないが、代替案もなければやっていけない。
 なにしろこの店は二十四時間営業なのだから。
 百代さんの複雑な心中をよそに、レーザーは規則正しく名前を刻んでいく。
 はせがわ なおや、NODA MASAKI、塚本 心和……ひらがな、ローマ字、漢字がきちきちと刻まれていくのは見ていて気持ちがいい。報われないことが多い小売業だが、アイディア次第でなんとかなることも多い。
 だが、先日月世野一丁目の定食屋・まかない亭がついに潰れたという話を思い出してキリキリと胸と胃が痛んだ。もっともまかない亭は立地が悪かったのをなんとかカバーしようとして価格帯を大幅に下げたのが原因なのだが。
(明日は我が身、か。気をつけないと)
 そのとき丹念に手入れしてある引き戸がカラカラと音を立てた。ちらりと目線を上げた百代さんは、そこに深紅の傘を手にした女の子を見た。
「いらっしゃいませ。今ちょっと手が離せないのでお待ちください」
 女の子は、雪のついた傘を――いつの間にか降り出していたらしい――閉じて道路に向ってばさばさっと降ると、きちんと留め具をはめて傘立てに突っ込んだ。
 そのままずかずかとレーザーをいじる百代さんの前にやってくると、
「見てていい?」
 と尋ねた。尋ねると言うよりも、見ていいのは分かってるけどとりあえず確認ね、という具合だった。腕を組んだ女の子からつんと澄ました雰囲気が漂っている。小学校低学年、一年生くらいだろうか。戦闘機の尾翼のようなポニーテールに、こぼれ落ちそうなほど大きく頑固そうな目。尖らせた唇は子どもとは思えないほど真っ赤で形がよかった。惜しむらくは真っ白い頬が北風でリンゴのように真っ赤になっている。だが総じてとても可愛い、おすまし顔の女の子だ。
 女の子の背にランドセルはない。
 下校のチャイムは聞こえなかったのだが、もう学校は終わったのだろうか。
(しかし、なかなか手強そうな子だわ)
 だが、百代さんも小学生相手にひるむ店主ではない。
 一度カッターを止めると、作業台ギリギリにいた女の子をにこーっと脅した。
「いいですよ。でも手を出したりしないでね。指に穴が開きますよ」
「……あっそ。分かったわ」

 

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