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ハートフル

モモヨ文具店 開店中<1> 〜名入れ承ります〜

   2015年3月6日  

 手の中の千五百円。子どものいない百代さんには分からないけれど小学生のお小遣いにしては、大きな額が、手のひらに載っている。
(どうしよう。千円にまけてあげようか)
 受け取った百代さんが迷っているのが分かったのだろう。女の子はなおもぐいっと千五百円を押しつけた。それで百代さんも観念した。
「……たしかに千五百円お預かりしました」
 カウンターに向かいチーンとレジスターを弾き、千五百円のレシートを出す。女の子はそれを大事そうに財布に入れた。
(千五百円……千五百円……この子の千五百円になにがしてあげられるだろう)
 人がよすぎると夏子さんから駄目出しされている百代さんは、悶々と考えた。
 こんなに必死なのだ。なにかしてあげたい。
 でもこの子は絶対に品物は受け取らない、それに金額をまけることも良しとしない。
(どうする、百代!)
「彫るのはひらがなにしますか?」
「漢字で。えっと……こういう字で」
 津久井 礼央
 広げられたメモには、大きく不格好な字でそう書いてあった。
(つくい れお……ライオンだ)
 百代さんは男の子の奇抜な名前に目を見張ったが、なにも言わなかった。
「お願いします。待ってます」
 女の子は祈るように言った。
「分かりました。お待ちください」
 カッターのスウィッチを入れると、津久井 礼央の複雑な名を刻み込んだ。
 暖冬と言われたはずの今年は春めいてきても雪が多く降る。今の月世野町は牡丹雪が降り出して、道路が白く変っている。県道に面したモモヨ文具店の前の道路は人も車も通っていなかった。たしかゆうとくんのお母さんが、大雪警報が出たと言っていた。
 女の子は店の端っこに置かれているだるまストーブの前でじっと手を翳して待っていた。
 全十本。彫り上がるのにそんなに時間はかからなかった。だから百代さんは最上級の漆黒をもう一本持ってくると、「お嬢さんのお名前、なんですか?」とストーブの炎を睨みつける少女に尋ねた。
「……うみ。キスギ ウミ」
「素敵な名前ですねえ。一本彫りましょうか?」
「……でも、お金、もう、ない」

 

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